Zoom画面に映った男は、がっしりとした体つきに浅黒い肌。
髪は短く整えられているが、その目元にはどこか影があった。
彼はしばらく何も話さず、Wのフクロウアバターがゆっくりと揺れる姿を眺めていた。
「篠田敬吾(しのだけいご)です……。はじめまして」
力のない挨拶だった。
かつては、観客の声援を背に豪快なホームランを打ち続けた男とは思えない。
「……どうぞ、話したいことを」
Wがそう促すと、シノダは深く息を吐いた。
「プロ野球を辞めて、もう3年です。最初は解説の仕事もいただいてました。でも、今じゃそれも減り、スポーツジムのインストラクターをしています。別に悪い仕事じゃないんです。体を動かすのは好きですし……」
また一つ、ため息。
「だけど……周りの視線が気になるんです。『あのシノダが?』って。グラウンドでは“ヒーロー”だったのに、今じゃ“教える側”で……。ジムの生徒にだって『先生、引退後どうされてたんですか?』なんて聞かれて、『まあ、色々あって』とか適当に誤魔化して……」
その言葉には、かつての栄光と今の自分を比べる苦しさがにじんでいた。
「最初は……“教える”ことに価値があると思ってました。俺が学んだこと、俺が経験したことを次世代に伝える。でも、本当にそれでいいのか? 俺はこのままでいいのか?いや、そもそも──“俺って誰なんだ?”って……」
Wのフクロウアバターは静かに揺れている。
シノダは画面越しのその揺れに、自分の問いが飲み込まれていくような錯覚を覚えた。
「今の俺、誰も見向きもしない。ただのトレーナー……。かつては野球場で、観客の声援を背に打席に立ってた俺が……」
静かに時間が流れる。
シノダは手元のマグカップを持ち上げたが、冷えきっていて表情を歪めた。
「……すみません、ただの愚痴ですよね」
Wのフクロウが瞬きをしたように見えた。
その瞳は、画面越しにシノダを射抜くようで、問いかけの気配を帯びていた。
「シノダさん、“ヒーロー”って何だと思います?」
「……は?」
「あなたが思う、ヒーローの条件です」
「それは……、強くて、みんなを助けて……注目されて……」
「つまり、誰かに見られている存在、ということですね」
シノダは息を呑んだ。
その言葉は、まるで自分の中にこびりついた虚しさを言い当てられたようだった。
「俺は、見られてないと意味がないんでしょうか……?」
その問いにWは答えず、ただ静かに揺れ続けた。
しばらくの沈黙が流れたあと、シノダがポツリと呟いた。
「結局、俺は“昔の栄光”が忘れられないんです。だけど、それを引きずったままジムで教えても、あの頃には戻れない……」
Wは何も言わない。
シノダはふと、静かなその沈黙が優しくも冷たくも感じた。
「……俺って、本当にこれでいいのかな?いや、そもそも……俺はこれからどうすればいいんだろう……」
そこで、Wの声が響いた。
「シノダさん、あなたは“新しいフィールド”をお探しですか?」
「新しい……フィールド?」
「はい。もう一度、あなたが“ヒーロー”になれる場所です」
シノダは息を詰めた。
その言葉は、どこかまぶしく、けれど手に届かない夢のように感じた。
「そのフィールドの探し方について、お話ししましょう」
フクロウの声は、遠くの森から届く風のように落ち着いていた。
シノダは知らず背筋を伸ばし、次の言葉を待った。
つづく