第19話からのつづき 夜の空気に、冬の匂いが混じる。 コートの襟を立てながら、駅前の雑踏を歩く彼女の姿は、どこか堂々としていた。 ──広瀬春香、33歳。 いまでは、年商3億の教育系企業『spring』の代表取締役であり、 […]
Continue readingカテゴリー: 広瀬ハルカの沈黙
第19話:証言の朝
第18話からのつづき 約束の場所は、新宿御苑近くの喫茶店だった。 駅から5分ほど歩いた場所にある、どこか場末感のある昭和風の店。 カウンターの奥からは、八神純子や杉山清貴の、どこか懐かしい80年代のヒット歌謡が流れていた […]
Continue reading第18話:週刊文潮からの取材依頼
第17話からのつづき 四ツ谷・麹町付近にある週刊誌『週刊文潮』編集部。 記者のヤナギは、朝のルーティンとして、話題のYouTube動画をまとめたRSSをチェックしていた。 「お、また伸びてんな、“ハルカちゃんねる”……」 […]
Continue reading第17話:動画、アップロード
第16話からのつづき 部屋に残された、たった一枚の名刺。 それが、すべての“引き金”だった。 ──あの人は、私を忘れていた。 それが、悔しいとか、悲しいとか、そういう感情とは少し違っていた。 けれど、“忘れられる側”の痛 […]
Continue reading第16話:夜の街で、再び
第15話からのつづき 新宿・歌舞伎町。 夜の雑踏に、光と音と酔いが混ざり合っていた。 ハルカは、TOHOシネマズの前を通り過ぎ、職安通り方面へと歩いていた。 このあたりには、“トー横”と呼ばれている場所がある。 ほんの少 […]
Continue reading第15話:投稿ボタンの先に
第14話からのつづき その日、ハルカは最後の「夜」を見届けるつもりで、新宿に向かった。 トー横。 東宝ビルの横。 かつては、そこが居場所だった。 ボロボロのジャージ、缶チューハイの空き缶、タバコの吸い殻。 誰かが脱ぎ捨て […]
Continue reading第14話:再生ボタンを押した夜
第13話からのつづき 「──ねぇ、それ、ハルカちゃんが書いたの?」 東宝ビルの横、タバコの匂いが混じる風のなか。 ひとりの女の子が、スマホの画面を見せながら声をかけてきた。 そこには、トー横仲間が歌った動画のコメント欄。 […]
Continue reading第13話:少し役に立てた気がした
第12話からのつづき 「ねぇ、あの子、泣いてるよ」 新宿東宝ビルの横──トー横通りの隅っこで、膝を抱えてうずくまる女の子。 年齢はハルカより下か、同じくらいか。 髪の毛はボサボサで、コンビニ袋を抱えていた。 「どうしたの […]
Continue reading第12話:ようこそ、トー横へ
第11話からのつづき その夜、新宿は風が強かった。 東宝ビルの巨大なゴジラヘッドが、街の明るさとは裏腹に、不気味に浮かび上がっていた。 「……ここが、トー横」 正確には、“新宿東宝ビルの横”。 略して“トー横”。 ビルと […]
Continue reading第11話:新宿・トー横
第10話からのつづき 昼夜逆転。 スマホの中にばかり目を向けて、配信動画やSNSを眺める時間が増えた。 かつてのクラスメイトが大学の写真を投稿している。 カフェでのランチ、サークルの飲み会、新しい友達との笑顔。 スクロー […]
Continue reading第10話:滑り落ちた春
第9話からのつづき 春は、静かに過ぎていった。 合格発表の掲示板の前に、ハルカの名前はなかった。 スマホを何度更新しても、結果は変わらなかった。 滑り止めの私大すら受けていない。 ──落ちた。 「浪人か……」 呟いた声は […]
Continue reading第9話:ファミレスの夜
第8話からのつづき ──それは、なんでもない夜の、なんでもないファミレスだった。 ハルカは新宿駅西口の改札を出て、TOHOシネマズ方面とは反対側── いわゆる「ビジネス街寄り」の静かな通りを歩いた。 少し歩いた場所にある […]
Continue reading第8話:名刺と千円札
第7話からのつづき ──午後10時。 カンゾウの自習室は、いつもより静かだった。 試験が終わったばかりということもあり、生徒の数はまばら。 時計の針の音が、やけに大きく聞こえた。 「……広瀬さん、そろそろ閉館ですよ」 受 […]
Continue reading第7話:どこまで本気?
第6話からのつづき ──塾長室のドアを、開けるか、開けないか。 その判断に、時間がかかるようになったのは、いつからだったろう。 「……あの子、また島田先生と話してるよ」 「もしかして、お気に入りってやつ?」 そんな声が、 […]
Continue reading第6話:特別じゃない私
第5話からのつづき ──夏が始まる頃。 カンゾーの自習室は、朝から夜まで満席だった。 ハルカも例外ではなく、ほぼ毎日通い詰めていた。 「最近よく見るね、あの子」 「塾長のお気に入りらしいよ」 そんな噂が、少しずつ広がって […]
Continue reading第5話:浮かぶ影
第4話からのつづき 「広瀬さんさぁ、最近ちょっと調子いいんじゃない?」 模試の結果を見せたとき、英語のチューターがそう言った。 たしかに、点数は上がっていた。偏差値も少しずつだけど右肩上がりだった。 「ええ、まあ……」 […]
Continue reading第4話:塾長室の扉
第3話からのつづき ──それは、最初は“質問のためのノック”だった。 「失礼します。現代文の記述で……」 そんな風にドアをノックして、塾長室を訪ねるのが、次第にハルカの習慣になっていった。 島田タクミは、毎日のように塾長 […]
Continue reading第3話:勉強、好きかもしれない
第2話からのつづき ──朝、少しだけ早起きしてノートを開く。 そんな自分に、ハルカはほんの少し驚いた。 カンゾーに入塾してから一ヶ月。 生活が、変わった。 朝は軽く英単語を見てから登校。 学校の授業中も、先生の話に集中し […]
Continue reading第2話:塾長室の扉
第1話からのつづき 島田タクミ── 初めて出会ったとき、ハルカはその存在感に目を奪われた。 185センチの巨体に、響く大声。 ラガーシャツの襟を立て、胸元には金色のネックレスがちらついている。 とても大学進学塾の「長」と […]
Continue reading第1話:とりあえず、ここでやってみる
──広瀬春香(ひろせ・はるか)。 その名前が、誰かの記憶に残ったことは、たぶん一度もない。 最初に名前を呼ばれた記憶は、小学校の担任からだった。 「ヒロセさんは、いつも返事が小さいわね」 クラスがざわつく中で、その一言だ […]
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