第11話:新宿・トー横

第10話からのつづき

昼夜逆転。

スマホの中にばかり目を向けて、配信動画やSNSを眺める時間が増えた。

かつてのクラスメイトが大学の写真を投稿している。
カフェでのランチ、サークルの飲み会、新しい友達との笑顔。
スクロールするたびに、自分だけが置いていかれる感覚に襲われる。

「……ま、いいけどね」
そう呟いて、カップ麺にお湯を注いだ。

台所に漂う、粉末スープの匂いが、どこかむなしかった。

ある日、TikTokのライブ配信にハマった。

トー横の子たちがスマホ越しに喋っている。

──「新宿集合〜」「今からカラオケ泊まり〜」「飯奢ってくれる人、DMして」
目の下にクマを浮かべた子。金髪のウィッグにピアスだらけの子。

どこかで見たことがあるような、けれど現実には存在しないような子たち。

コメント欄が荒れていた。

「親泣いてるぞ」
「こいつヤバすぎ」
「え、可愛くね?」

その混沌が、ハルカの心を妙にざわつかせた。

──あの頃、塾の自習室で隣にいた子たち、今ごろどうしてるんだろう。

東大、早稲田、慶應── 春に見た合格者の名前リストを思い出す。

──あたしだけ、ここにいる。
ぽつりと呟いた。

気がつけば、スマホで「トー横」で検索していた。

そして、Twitter──いや、今はXと呼ぶらしい──で、ある投稿が目に留まる。

《歌舞伎町の東宝ビル横に集合。今夜、寒いけどおでんあるよ〜》

「……おでん、か」

缶のおでんしか知らない自分が、それを読んで思った。

──ちくわぶ、あるかな。

その夜、ハルカは、ノートも参考書も持たずに、スマホと財布だけをポケットに入れて、玄関を出た。

浪人という肩書をまだ自分に貼りつけたまま、静かに、でも確実に、何かが音を立てて崩れ始めていた。

第12話へつづく