第10話からのつづき
昼夜逆転。
スマホの中にばかり目を向けて、配信動画やSNSを眺める時間が増えた。
かつてのクラスメイトが大学の写真を投稿している。
カフェでのランチ、サークルの飲み会、新しい友達との笑顔。
スクロールするたびに、自分だけが置いていかれる感覚に襲われる。
「……ま、いいけどね」
そう呟いて、カップ麺にお湯を注いだ。
台所に漂う、粉末スープの匂いが、どこかむなしかった。
ある日、TikTokのライブ配信にハマった。
トー横の子たちがスマホ越しに喋っている。
──「新宿集合〜」「今からカラオケ泊まり〜」「飯奢ってくれる人、DMして」
目の下にクマを浮かべた子。金髪のウィッグにピアスだらけの子。
どこかで見たことがあるような、けれど現実には存在しないような子たち。
コメント欄が荒れていた。
「親泣いてるぞ」
「こいつヤバすぎ」
「え、可愛くね?」
その混沌が、ハルカの心を妙にざわつかせた。
──あの頃、塾の自習室で隣にいた子たち、今ごろどうしてるんだろう。
東大、早稲田、慶應── 春に見た合格者の名前リストを思い出す。
──あたしだけ、ここにいる。
ぽつりと呟いた。
気がつけば、スマホで「トー横」で検索していた。
そして、Twitter──いや、今はXと呼ぶらしい──で、ある投稿が目に留まる。
《歌舞伎町の東宝ビル横に集合。今夜、寒いけどおでんあるよ〜》
「……おでん、か」
缶のおでんしか知らない自分が、それを読んで思った。
──ちくわぶ、あるかな。
その夜、ハルカは、ノートも参考書も持たずに、スマホと財布だけをポケットに入れて、玄関を出た。
浪人という肩書をまだ自分に貼りつけたまま、静かに、でも確実に、何かが音を立てて崩れ始めていた。
第12話へつづく