第15話:投稿ボタンの先に

第14話からのつづき

その日、ハルカは最後の「夜」を見届けるつもりで、新宿に向かった。

トー横。
東宝ビルの横。

かつては、そこが居場所だった。

ボロボロのジャージ、缶チューハイの空き缶、タバコの吸い殻。

誰かが脱ぎ捨てた厚底スニーカー。

「おー、ハルカちゃん。今日も来てたん?」

「うん。でも今日で、しばらく顔出さなくなると思う」

「そっか……あんた、変わったね」

「変わったかな?」

「うん。前より、目が遠くを見てる」

それは、褒め言葉だったのかもしれない。

帰り道。
スマホを握る手が少しだけ震えていた。

──投稿する?
画面に映る、最新の編集済み動画。

テーマは「親の期待を背負わない、という自由」。

BGMは、知人に作ってもらったピアノのインスト。
録音は、図書館の自習室。音が少しこもっている。

でも──
「これが、今の私だし」
小さくつぶやいて、投稿ボタンを押した。

その瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。
自分の言葉が、どこかの誰かの“夜”に届くかもしれない。
そう思えただけで、少しだけ前を向けた。

翌朝、通知が鳴った。

「新しいチャンネル登録がありました」

再生回数:782
コメント数:17
いいね:54

驚くような数字ではなかった。

でも、ハルカにとっては、確かな“風”だった。

「今朝、泣いた。ありがとう」
「同じような家庭で育ったから、共感しかない」
「次の動画、楽しみにしてます」

──楽しみにしてる。
この言葉が、胸に沁みた。

「……よし、次の撮影、行こっか」

ジャージを脱いで、古着屋で買った白いシャツに袖を通す。
鏡に映る顔は、どこかまだ不安げだったけど、口元だけは笑っていた。

チャンネル名は『ハルカちゃんねる』に決めた。
最初はふざけてつけた仮タイトルだったけど、「ちゃんねる」と付けることで、なぜか自分を守れるような気がした。

──そのとき、ふと、頭をよぎった顔があった。

あの人。
カンゾーの島田タクミ。

彼が言っていた言葉。

「受験の世界は、素直なやつが伸びるんだよ」
「髪は黒いままの方がいい」

──あの言葉たちが、今もどこかで生きている。

そしてハルカは、数日後の検索画面で、再び目にすることになる。

メディカルデラックス。
名誉総長。
そして、教育スキャンダル。

偶然ではなかった。
運命でもない。

けれど、それは、静かに始まっていた。

名刺の上の名前と、検索結果の名前が、ぴたりと重なる夜が──

第16話へつづく