第17話からのつづき
四ツ谷・麹町付近にある週刊誌『週刊文潮』編集部。
記者のヤナギは、朝のルーティンとして、話題のYouTube動画をまとめたRSSをチェックしていた。
「お、また伸びてんな、“ハルカちゃんねる”……」
ここ数日で、登録者数が一気に伸びていた。
その原因は、数日前に投稿された一本の動画──
《元名誉総長と名乗るおじさんに再会した話》
タイトルだけでも、ヤナギの記者魂に火がついた。
動画を再生する。
白壁の前、無加工の映像。どこか硬い表情の若い女性。
「……この声、落ち着きすぎてて逆に怖いな」
ナレーション風の語りが進んでいく中、動画の終盤で──名刺の一部が映し出された。
「メディカルデラックス 名誉総長 島田巧」
ヤナギは、椅子から背筋を伸ばした。
「……出たな、“名誉総長名刺”」
『週刊文潮』が過去に報じたスクープ──
島田巧、学歴詐称、女子大生スキャンダル。
彼女は、元教え子。
しかも、予備校カンゾーに通っていた生徒だった。
「なるほど、“トー横の元受験生”って……そういうことか」
机の引き出しから、あの特集号の資料を引っ張り出す。
・カンゾー倒産の裏に島田の不正
・メディカルデラックスでの名誉総長ポジション獲得
・複数の元教え子との“不適切な関係”
──そして、その証拠となった、例の名刺動画。
「……全部、この子に聞いてみりゃいいじゃん」
即座に編集長に掛け合った。
「動いていいっすか? ハルカちゃんねる、コンタクトしてみます」
編集長は短く頷いた。
「やれ。カンゾウネタは、まだ燃えるぞ」
その日の夕方。
ハルカのTwitter(現・X)のDMに、1件のメッセージが届いた。
「はじめまして。『週刊文潮』の記者・ヤナギと申します。動画、拝見しました。よろしければ、一度お話を伺えませんか?」
ハルカは、一度スマホを伏せ、深呼吸をした。
──来た。ついに、来た。
部屋の隅に置かれた名刺を見つめる。
その紙の向こうに、あの朝のホテルの空気が、まだ残っている気がした。
スマホを手に取り、短く返事を打つ。
「はい、構いません。お話しします」
“沈黙”は、もう破られている。
第19話へつづく