第17話:動画、アップロード

第16話からのつづき

部屋に残された、たった一枚の名刺。
それが、すべての“引き金”だった。

──あの人は、私を忘れていた。

それが、悔しいとか、悲しいとか、そういう感情とは少し違っていた。
けれど、“忘れられる側”の痛みは、確かに残った。

島田タクミ。

昔、あんなに力強い言葉で私を導いた人。

でも今は──何も覚えていなかった。

「俺は東大卒だよ?」

そう笑って言ってたのに。
その“東大”もウソだった。

──なら。

「私の記憶」くらい、残していけばよかったのに。

その日の夜。
ハルカは、自室で撮った動画を静かに編集していた。

背景はシンプルなグレーの壁。メイクも整えず、照明も自然光だけ。
その素朴な空気が、逆に“リアル”さを強調していた。

サムネイルは──名刺の写真。

動画タイトルは、こう書いた。
《名誉総長と名乗るおじさんに再会した話》

「……こんにちは。ハルカです」

「今日はちょっと、いつもとは違う内容です」

「昔、通っていた予備校の先生に、偶然、夜の街で再会しました」

「そのとき、彼は私のことを覚えていませんでした。でも私は、今でもその人の言葉を覚えています」

「“髪は黒いままの方が似合う”って言ってくれたの、私は、たぶん人生で初めて、“認められた”気がしてたんです」

「……でも、彼にとっては、それが“誰にでも言ってたこと”だったのかもしれない」

「その人の名刺を、今でも持ってます。──この動画の最後に、その名刺の一部を載せます」

「これは、暴露でも、復讐でもなくて。“忘れられた側の記録”です」

動画の最後、数秒だけ名刺の一部が映る──

“メディカルデラックス 名誉総長 島田巧”そして、“関東学力増進機構 塾長 島田巧”という名前が、ぼやけたピントの中に浮かび上がる。

そして、再生ボタンを押す指が、ほんの少しだけ震えていた。

──投稿完了。

その後、ハルカはベッドに身を沈め、スマホを裏返しにして置いた。

……最初のコメントが付くまで、ほんの15分だった。

「え? この人、潰れた予備校の人だよね?」

「泣いた……忘れられる側って、こんなに苦しいのか」

──コメント通知が、止まらなかった。

翌朝、

#名誉総長
#ハルカちゃんねる
#カンゾウ元塾長
が、X(旧Twitter)のトレンド入りを果たしていた。

そして『週刊文潮』編集部の記者・ヤナギが、その動画に目を留めたのも、その日のことだった。

第18話へつづく