第6話からのつづき
──その日、タクミは朝から機嫌が良かった。
印刷屋から、名刺が届いたのだ。
これまでの手書き名刺とは違う。
オフホワイトの光沢紙、角丸仕上げ、片面カラー印刷。
島田巧
関東学力増進機構 塾長
進学戦略・学習指導アドバイザー
「ふふ……肩書きだけで三段や。これ、見る側が混乱するやろ」
そしてもう一つ、出来上がってきたのが──
「関東学力増進機構・公式パンフレット」
中綴じ8ページ、A4カラー。
内容はというと、
・指導理念(タクミの説教をそのまま書き起こしただけ)
・“合格者の声”(全部想像で書いた)
・コース紹介(A〜Eコース、内容は全部“質問対応つき”)
・指導陣紹介(講師未定。写真なしのシルエット画像)
「……立派な“塾っぽい何か”ができたわけやな」
部屋のプレートから、“(仮)”の文字が外された。
タクミはガムテープをペリッと剥がしながら、何とも言えない達成感に浸っていた。
「なあ、ワシ今……帝国の礎を築いとるんちゃうか?」
そう呟いて、笑った。
生徒は増えていた。
チラシを見て電話をかけてくる親も出てきた。
「学校の成績が心配で……」
「うちの子、ちょっと自信なくしてて……」
電話口で、タクミはこう語った。
「うちはな、ただの塾やないんです。対話する学びなんですわ」
「“対話”っていうのはな、問題文と向き合うってことですわ。たとえば──“傍線部”の意味を、人生に重ねられるかどうか。これが大事なんです」
まったく意味が分からないが、声がデカいので妙な説得力がある。
あるとき、質問教室に来た中学生が、英語の問題を見せた。
タクミは即座に言った。
「これはな、前後の文脈が分断されとる。“バラバラな家族”みたいなもんや」
「え……?」
「けどな、接続詞ってのは、人生における“おでんの糸こん”みたいなもんや。それがあることで、全部がひとつになるんや。ええか? おでんや」
生徒は一瞬黙り──なぜかうなずいた。
「……なんか、わかる気がします」
シマダ節、完全再起動。
パンフレットと名刺、そして“それっぽいことを、それっぽく言う力”。
気づけば、月に10人の生徒が出入りするようになっていた。
教材も、在庫を再編集して「受験突破キット」として売り出している。
そして、質問教室の片隅。
生徒の名前と進路目標を書いた「塾生名簿」第一号が完成。
そこに、赤ペンで丸をつけながら、タクミは呟く。
「帝国ってのはな、まず“名簿”から始まるんや」
第8話へつづく