第7話:シマダ節、完全再起動

第6話からのつづき

──その日、タクミは朝から機嫌が良かった。

印刷屋から、名刺が届いたのだ。

これまでの手書き名刺とは違う。

オフホワイトの光沢紙、角丸仕上げ、片面カラー印刷。

島田巧
関東学力増進機構 塾長
進学戦略・学習指導アドバイザー
 
「ふふ……肩書きだけで三段や。これ、見る側が混乱するやろ」
 
そしてもう一つ、出来上がってきたのが──

「関東学力増進機構・公式パンフレット」
中綴じ8ページ、A4カラー。

内容はというと、
・指導理念(タクミの説教をそのまま書き起こしただけ)
・“合格者の声”(全部想像で書いた)
・コース紹介(A〜Eコース、内容は全部“質問対応つき”)
・指導陣紹介(講師未定。写真なしのシルエット画像)

「……立派な“塾っぽい何か”ができたわけやな」

部屋のプレートから、“(仮)”の文字が外された。

タクミはガムテープをペリッと剥がしながら、何とも言えない達成感に浸っていた。

「なあ、ワシ今……帝国の礎を築いとるんちゃうか?」

そう呟いて、笑った。

生徒は増えていた。
チラシを見て電話をかけてくる親も出てきた。

「学校の成績が心配で……」
「うちの子、ちょっと自信なくしてて……」

電話口で、タクミはこう語った。

「うちはな、ただの塾やないんです。対話する学びなんですわ」

「“対話”っていうのはな、問題文と向き合うってことですわ。たとえば──“傍線部”の意味を、人生に重ねられるかどうか。これが大事なんです」

まったく意味が分からないが、声がデカいので妙な説得力がある。

あるとき、質問教室に来た中学生が、英語の問題を見せた。
タクミは即座に言った。

「これはな、前後の文脈が分断されとる。“バラバラな家族”みたいなもんや」

「え……?」

「けどな、接続詞ってのは、人生における“おでんの糸こん”みたいなもんや。それがあることで、全部がひとつになるんや。ええか? おでんや」

生徒は一瞬黙り──なぜかうなずいた。

「……なんか、わかる気がします」

シマダ節、完全再起動。

パンフレットと名刺、そして“それっぽいことを、それっぽく言う力”。

気づけば、月に10人の生徒が出入りするようになっていた。

教材も、在庫を再編集して「受験突破キット」として売り出している。

そして、質問教室の片隅。
生徒の名前と進路目標を書いた「塾生名簿」第一号が完成。

そこに、赤ペンで丸をつけながら、タクミは呟く。

「帝国ってのはな、まず“名簿”から始まるんや」

第8話へつづく