第9話:カンゾウシステム爆誕

それは、まったくの偶然だった。

「先生、漢文、全然わかんないっす……」

ある日の自習室。

駒沢仏教科のバイトが座禅を組みかけている隣で、高校2年の男子がノートを広げ、眉間にしわを寄せていた。

タクミは、それを横目で見ながら、内心こう思った。

(めんどくさ……)

正直、漢文なんてちゃんと教えたこともない。

だが、ふと、高校時代の記憶がよみがえった。

──中間テスト直前。
教科書の漢文を、意味も分からず丸写しした。
そしたら、なぜか8割取れた。

(あれや!)

タクミは、まるで神託を受けたように口を開いた。

「……写せ。丁寧にな。筆圧も込めて、心を込めて、写すんや」

生徒は口をポカンと開けている。

「全部写したら、オレに持ってこいや」

男子生徒はキョトンとしたが、素直に従った。
何ページにもわたる漢文を、ノートにびっしり写した。

タクミはチラッとそれを見て、「うん、魂がこもっとる」と適当に褒めた。

──そして、数週間後。

「先生、漢文、満点でした!!」

男子生徒は目を輝かせて報告してきた。

タクミは一瞬、ポカンとしたが、すぐに胸を張った。

「……せやろ?これが、ホンマの“経典”や」

周囲で聞いていた生徒たちも、「え?写すだけでいいの?」「俺もやろかな」とザワつきはじめた。

──それが、すべての始まりだった。


青チャート。
基礎問題精講。
Focus Gold。
学校の配布プリント。

とにかく、生徒に持ってこさせた。

「わからんかったら写せ」

「赤ペンで写せ」

「写してたら、そのうち気づくわ」

最初は半信半疑だった生徒たちも、写しているうちに、「あれ?なんかわかってきたような気がする」となった。

そして一人、また一人と、偏差値を上げ始めた。

模試の成績が10アップ。
定期テストで学年トップ10入り。

生徒たちは口々に言った。

「カンゾウ、マジでスゴいっす」
「カンゾウの自習室、ヤバいっす」
「なんか知らんけど、成績上がるっす」

タクミは、赤い革張りの椅子に座りながら、満面の笑みを浮かべた。

「ワシが──“風”そのものになった瞬間やな」

その日、彼は「カンゾウ憲章」を自ら口にした。

「塾は、“授業”やない。塾は、“声”と“空気”と、ほんで──“経典”や」

そして、こう付け加えた。

「写経は、未来を写すことや」

名もなき高校生たちが、今夜もカンゾウの自習室でペンを走らせる。

カリカリ……カリカリ……
まるで、未来を自らの手で刻むかのように。

だが、その奇跡の仕組みを、誰よりも信じていないのは、他ならぬタクミ本人だった。

──まあ、うまくいきゃ、それでええわ。

第10話へつづく