第11話:進出!高田馬場

──それは、総本部のちゃぶ台会議から始まった。

アカザワは、タクミの前に分厚い書類の束を叩きつけた。

「シマダさん、ここです」

「……どこや、これ?」

「高田馬場。徒歩7分。築20年。雑居ビル。しかも今、5フロアまとめて空いてます」

タクミの目がギラリと光った。

「5フロア……。ええ響きやなァ……!」

バブル崩壊後、高田馬場周辺にも空きビルが急増していた。
特にこのビルは、かつて地方企業の東京営業所が入っていたが、バブルの崩壊と共に撤退。
今や、ガランとした「箱」だけが残っていた。

大家も不動産屋も、のどから手が出るほどテナントを欲しがっている。
問題は、信用だけだった。

そこで、アカザワが動いた。

生徒数の増加グラフ。
「第一志望合格者多数!」と謳った(※正確には微妙に違うが気にしない)パンフレット。
未来の生徒数計画。
そして、銀行に頼らない“無借金経営”の強みをアピール。
最後の切り札は──
金。

カンゾウが持つキャッシュを、封筒にぎっしり詰めた。

「頭金、これだけ入れます。初期費用、保証金、まとめて即金で支払います」

不動産屋と大家の顔が、みるみるほころんだ。

「……じゃあ、お願いしましょうか」

交渉成立。

カンゾウ、新本部確保!

引越しの日。

タクミは、新しいビルの前に立っていた。

ビルの最上階を、見上げる。

──そして、叫んだ。

「よっしゃ!ここがGHQじゃ!!」

横にいたアカザワが苦笑して、すかさず突っ込みを入れた。

「シマダさん……GHQは連合国軍総司令部のことで……日本の占領機関……あの……」

「やかましいわ!漢文講師のオレとしては、やっぱり漢字の方がええかのう。
ならここは総本山総司令部や!!」

もう誰も止められなかった。

新生カンゾウ、本部完成。

ビル、5フロアぶん──

最上階に「塾長室」と「総務室」。
一段下に「電話営業室」と来客用の「応接室」。
「自習室」が2フロア。
その下が「受付」と「教室」。

エレベーターはない。
階段しかない。
だから、みんな息を切らして上り下りする。
でも、生徒もバイトも、誰一人文句を言わなかった。

なぜなら──
ここには、“何か”があったからだ。

熱気。
汗。
怒号。
笑い声。
シャーペンの音。
電話営業の怒涛。
タクミの馬鹿でかい声。

それらすべてが混ざり合って、カンゾウという名の、巨大な虚妄エンジンを回し始めていた。

──それはまだ、誰も知る由もなかった。

やがて、この雑居ビルの最上階に立つ男が、「カンゾウの帝王」と呼ばれるようになることなど──。

最終話へつづく