──それは、総本部のちゃぶ台会議から始まった。
アカザワは、タクミの前に分厚い書類の束を叩きつけた。
「シマダさん、ここです」
「……どこや、これ?」
「高田馬場。徒歩7分。築20年。雑居ビル。しかも今、5フロアまとめて空いてます」
タクミの目がギラリと光った。
「5フロア……。ええ響きやなァ……!」
バブル崩壊後、高田馬場周辺にも空きビルが急増していた。
特にこのビルは、かつて地方企業の東京営業所が入っていたが、バブルの崩壊と共に撤退。
今や、ガランとした「箱」だけが残っていた。
大家も不動産屋も、のどから手が出るほどテナントを欲しがっている。
問題は、信用だけだった。
そこで、アカザワが動いた。
生徒数の増加グラフ。
「第一志望合格者多数!」と謳った(※正確には微妙に違うが気にしない)パンフレット。
未来の生徒数計画。
そして、銀行に頼らない“無借金経営”の強みをアピール。
最後の切り札は──
金。
カンゾウが持つキャッシュを、封筒にぎっしり詰めた。
「頭金、これだけ入れます。初期費用、保証金、まとめて即金で支払います」
不動産屋と大家の顔が、みるみるほころんだ。
「……じゃあ、お願いしましょうか」
交渉成立。
カンゾウ、新本部確保!
◆
引越しの日。
タクミは、新しいビルの前に立っていた。
ビルの最上階を、見上げる。
──そして、叫んだ。
「よっしゃ!ここがGHQじゃ!!」
横にいたアカザワが苦笑して、すかさず突っ込みを入れた。
「シマダさん……GHQは連合国軍総司令部のことで……日本の占領機関……あの……」
「やかましいわ!漢文講師のオレとしては、やっぱり漢字の方がええかのう。
ならここは総本山総司令部や!!」
もう誰も止められなかった。
新生カンゾウ、本部完成。
ビル、5フロアぶん──
最上階に「塾長室」と「総務室」。
一段下に「電話営業室」と来客用の「応接室」。
「自習室」が2フロア。
その下が「受付」と「教室」。
エレベーターはない。
階段しかない。
だから、みんな息を切らして上り下りする。
でも、生徒もバイトも、誰一人文句を言わなかった。
なぜなら──
ここには、“何か”があったからだ。
熱気。
汗。
怒号。
笑い声。
シャーペンの音。
電話営業の怒涛。
タクミの馬鹿でかい声。
それらすべてが混ざり合って、カンゾウという名の、巨大な虚妄エンジンを回し始めていた。
──それはまだ、誰も知る由もなかった。
やがて、この雑居ビルの最上階に立つ男が、「カンゾウの帝王」と呼ばれるようになることなど──。
最終話へつづく