第5話:トーク上手なゴスロリ女

彼女は、最初から、異彩を放っていた。
 
名前は、アズミ。

カンゾウ営業室にふらりと現れたその日、誰もが目を見張った。

黒いゴスロリワンピースに、編み上げブーツ。
カチューシャにはレースとリボン。
パッと見、年齢は……
二十代後半?

だが、よく見ると──
首筋にはうっすらと皺が刻まれ、笑うと目尻に深い影が落ちた。

(……40代か? いや、50代いってるかも……)

誰もが心の中でそっと思った。

──だが、誰も口には出さなかった。

彼女の最大の武器は、その声だった。

アニメ声。
ハイトーンで甘ったるい。
それでいて、なぜか耳に心地よい。
そして、驚くほどのトーク力。

「はぁい、こんにちは〜♪ 今日も素敵な声でお電話しちゃいますねぇ〜」

誰が相手でも、柔らかく溶かしてしまう。

「え? 受験? もうすぐ? それは心配ですね〜」

「でもだいじょ〜ぶ! ここのお兄さんが、こっそりすっごい情報を教えちゃうんだぞっ」

この天然ぶった変幻自在の話術に、高校生も保護者も、コロリと落ちた。

営業成績は、常にトップクラスだった。

電話アポは誰よりも多く、クロージング(契約成立)もバンバン決める。

しかも──

彼女は、時々「現場」にも顔を出した。

入塾説明に来た生徒には、軽く問題を出して、可愛く微笑みながら教える。

「こことここ、繋げばわかるよぉ〜」

男子生徒は鼻の下を伸ばし、女子生徒は「かわいい!」と目を輝かせた。

──気がつけば、彼女に心酔した生徒が、自分から「ここに入りたい!」と言い出す始末。

(何やこの無双……)

営業マンたちは、乾いた笑いを漏らすしかなかった。

だが──

完璧ではなかった。

最大の欠点は、遅刻癖だった。

週に一度の頻度で遅刻する。

「電車が止まっちゃってぇ〜」

「三軒隣の家が火事になってぇ〜」

「ハムスターが逃げちゃってぇ〜」

などなど、小学生のような理由で遅刻してくる。
しかも、30分〜2時間以上の遅刻はザラだった。

さらに、彼女には、もうひとつ謎があった。
 
──いつも、高級車が迎えに来る。
──しかも、男が違う。
──しかも、2〜3ヶ月ごとに変わる。

迎えに来る男たちは、外車に乗り、スーツ姿の中年だったり、アロハシャツの怪しげな男だったり、不思議なバリエーションだった。

(……あれ、全部、別々の男やな?)

(囲っとるんか?)

(逆に、男たちが釣られとるんか……?)

誰も、真相を知らなかった。
いや、怖くて誰も踏み込めなかった。

それでも、彼女はカンゾウに必要なアポインターだった。

数字がすべて。
売上を立てる限り、誰も彼女に逆らえなかった。

(遅刻? まあええやろ……アポ取っとるし)

(男? まあええやろ……契約取っとるし)

営業部隊の掟は、ただひとつ。
「結果を出せば、すべてが正義」

だから、アズミは今日も、あの甘ったるい声で電話をかける。

──ある日。

ちょっとした出来事があった。

営業室の冷蔵庫に、アズミが持ってきたお茶のペットボトルが入っていたのだが、誰かがラベルを見て、つぶやいた。

「……煎茶かいな。しかも“大人の渋み”って書いとるやつやん」

その瞬間、みんな、なんとなく察した。

──ああ、やっぱりオバちゃんや。

誰も、何も言わなかった。
空気だけが、うっすら重たくなった。

「こんにちはぁ〜。今日も、夢と希望をお届けしまぁす♡」

カンゾウの営業室に、また、奇妙な甘い声が響き渡った。

第6話へつづく