第6話:盗人青年の捨てゼリフ

──彼は、朝だけは強かった。

名前は、酒々井純太(しすいじゅんた)。

高校中退。
つまり最終学歴は中卒。

その後は新聞配達で汗を流してきた。

誰よりも早く起き、誰よりも早く町を駆け抜け、誰よりも早く疲れた。

そして──

なぜか、カンゾウの営業室にやってきた。
若さだけが武器の、”異物”だった。

彼の動きは、軽やかだった。
朝イチから、受話器を握る。
声も若く、覇気があった。

「おはようございますッ! 受験勉強のご相談でお電話しましたッ!」

それだけで、眠い頭の親たちも、つい耳を傾けた。

アポは取れる。

契約も、決まる。

だが──
彼の「速さ」には、理由があった。

──他人のリストを、盗み見ていたのだ。

誰かが大事に温めていた見込み客。
もうすぐ落ちる寸前の金の卵。
それを、シスイは無造作に引き出しから覗き、自分のものにした。
素早く、正確に、冷酷に。

最初は、誰も気づかなかった。

契約を取った者は正義。
取れなかった者は負け犬。
それが、カンゾウ営業部の掟だったからだ。

しかし、やがて、小さな疑念が積もり始める。

「あれ、昨日アポ取りかけたはずの家、今日もう契約取られてる……?」

「……おかしいやろ」

ついに、ある日。

同僚たちの前で、シスイは詰め寄られた。

「おい、シスイ。お前、リスト、盗ったやろ」

若者は、ふっと笑った。

そして──

「……成約できないあなたに変わってボクが生徒の人生を救ってやっただけですよ。」

営業室が、一瞬、凍りついた。

シスイは立ち上がり、皆をぐるりと見渡し、捨て台詞を吐き捨てた。

「受話器握って、昭和のバブルがもう一回来るの待ってるだけのオッサンらと、一緒に腐るの、俺は嫌だから」

その瞬間、営業室の時間が止まった。

誰も、何も言えなかった。

受話器の音だけが、どこかでカチャリ、と小さく鳴った。

シスイは、何も持たずに出て行った。

振り返りもしなかった。

その背中を見送りながら、誰かが、乾いた声でつぶやいた。
 
「でもな、シスイ。腐る前に、燃え尽きるのが、ここの流儀なんや」

そして、誰かが、缶コーヒーを無言で開けた。
プシュ、という音だけが、どこまでも響いていた。
 
第7話へつづく