第7話:声だけ元アナウンス学院生

声だけは、誰にも負けなかった。

彼女の名は、川原田瑠美(かわはらだるみ)。

専門学校でアナウンス技術を学び、磨き上げた滑舌と、よく通る声。
営業部に配属されたその日、彼女は自信に満ちていた。

──この声で、取れる、かもしれない。

誰もが、少しだけ期待した。
パリッとしたスーツ姿。
明るい笑顔。
胸を張って受話器を握る仕草。
そして、何より、あの美しい発声。

──これなら、いけるかもしれない。

最初の一週間は、誰もがそう思った。

だが──
違った。
 
「お母様でしょうかぁ〜?
 カワハラダと申しますぅ〜♪
 お子様の受験勉強についてぇ〜♪
 ほんの少しだけ〜♪」

……軽い。
軽すぎた。

受験を控えた家庭に、この軽快なアナウンス口調は、ただ、浮いていた。

質問されても、答えられなかった。

「うちの子、志望校は早慶なんですけど……対応できますか?」

「えっ、あっ、あの、ですねぇ〜……ちょっと確認してから折り返しますぅ〜」

バカにしてるのか?
本当にわかってないのか?

親たちは、すぐに見抜いた。
──この女は、声だけ。

営業成績は、伸びなかった。
週に一本もアポが取れない。
初月から、ノルマ未達。

笑顔も、声も、日を追うごとに、乾いていった。

「カワハラダ、成績、まずいな……」

「声は綺麗やけどなあ……」

同僚たちのため息が、彼女の背中に突き刺さった。

ある日。
昼休み。

営業室の片隅で、彼女は、そっと独り言を漏らした。

「……声だけじゃ、ダメなんだね」

それは、誰に聞かせるでもなく、自分に言い聞かせるような、小さな呟きだった。

誰も、それに返事をしなかった。
誰も、それを慰めなかった。

翌日。
カワハラダルミは、机に辞表も何も置かずに消えていた。

受話器だけが、無言で机に置かれていた。


──数ヶ月後。
駅前のティッシュ配りに、よく通る声が響いていた。

「ただいま、マンション無料相談実施中です〜♪」

「お気軽にどうぞ〜♪」
振り返ると、そこにいたのは、パリッとしたスーツ姿の、川原田だった。

──声だけは、
今日もよく響いていた。
 
第8話へつづく