カンゾウ営業部隊に、一人の「異国の姫」が舞い降りた。
その名も──小夜月姫香(さよづきひめか)。
履歴書には、堂々とそう記されていた。
本名か?
源氏名か?
誰も知らないし、誰も聞かない。
ここで重要なのは、オーダーを取れるか、否か──ただそれだけだ。
◆
最初は、しおらしかった。
髪を束ね、清楚な白いシャツにひかえめな黒いスカート。
可愛らしい声で「よろしくお願いします」と頭を下げた。
──だが、
その“清楚な仮面”が剥がれるまで、たったの一週間しかかからなかった。
◆
ある日、彼女は突如、アンデス山脈か、セネガルか、はたまた赤道直下の島国か──そんな異国情緒あふれる派手な柄の民族風ワンピースで出社してきた。
腕にはじゃらじゃらと、パワーストーンのブレスレット。
耳には、鈴のように揺れるターコイズのイヤリング。
首からは、チャクラカラーに光るネックレス。
占い師?
教祖?
それともコスプレ?
見るからに、怪しい。
「今日な、乙女座の運気、めっちゃええから!」
「アセンションの波きとるわ!」
そう言いながら、ヒメカは電話をかけまくった。
もちろん、オーダーは取れなかった。
取れるはずもなかった。
◆
「この机、運気がよどんどるわ!」と叫び、無理やり席替えを申し出たのも、その直後だった。
風水によれば、北東が鬼門だからだの、机の向きが悪いからだの、理屈を並べ立てて。
彼女の班を担当する上長も呆れつつ、仕方なく応じた。
だが、席を替えようが、電話機の色を換えようが、パワーストーンを増やそうが、オーダーは取れなかった。
◆
そのうち、他の営業マンにも占いを押し付けるようになった。
「あなた、月星座が水瓶座やから、来月大凶やで?」
「右手の小指の付け根に、ほくろあったら結婚運下がるんやで?」
「南西に盛り塩しぃや。でないと、彼女できんよ?」
とにかく、ありとあらゆるスピリチュアルなアドバイスを乱発。
それだけではない。
どこで調べたのか、ある営業部員が入信している新興宗教の話題を持ち出し、「◯◯さん、あれやろ? なんとか学会やろ?」と、影でクスクス笑った。
職場の空気は、ひんやりと冷え始めた。
◆
だが、オーダーは取れない。
ついに、10ヶ月が過ぎた。
ある日、ふらりと姿を消した。
誰も止めなかった。
誰も探さなかった。
──あ、でも。
ひとつだけ、彼女には”実績”がある。
彼女のスピリチュアルトークになぜか感化された生徒が、一人だけ入塾したのだ。
しかし、その生徒は半年でカンゾウを辞め、大学受験は全滅。
二浪した末、アメリカ・バージニア州のジョージ・メイソン大学(通称GMU)に留学したというが、詳細はもちろん誰も知らない。
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今も営業部の誰かが、冗談交じりに言う。
「なあ……たまに、電話の向こうから“アセンションの波”が来るような気がするんやけど」
そのたびに、皆、苦笑いするのだった。
最終話へつづく