第11話(最終話):忘年の宴

年末。

午後3時から4時の休憩時間が終わったのカンゾウ営業部には、そわそわとした空気が満ちはじめていた。

「おいおい、今日、何時上がりやねん」

「さっさと閉めようぜ、忘年会や!」

「成約? 知るか!」

──誰も、受話器なんかもう握っていない。

そこに漂うのは、仕事の緊張でも、売上への執念でもない。

もっと雑で、たちの悪い、底抜けに刹那的な浮ついた熱だった。

「今年も……よう耐えたわ、俺ら……」

誰かがポツリと呟く。

夜。

会場は、大久保駅近くの安居酒屋。
破れ障子にカビ臭い畳敷きの座敷。
焦げたタバコの跡だらけの低い天井。
黄ばんだ蛍光灯。

そんな場所を「貸切や!!」と誇らしげに叫びながら、カンゾウの営業マンたちはぞろぞろとなだれ込んだ。

中央には、ドォン!!と鎮座する、巨大おでん鍋。
牛すじ、はんぺん、大根、卵、ちくわ、ちくわぶ。
──そして、よくわからない焦げ茶色の物体も浮かんでいる。

「こいつぁ縁起がいいなァ!」

「おう、腹減ったやつからかっさらえ!」

誰かが叫び、誰かが笑い、誰かが、すでにビール瓶をラッパ飲みしている。

そこに、運ばれてきた。

「島田塾長からの差し入れでーす!」

ドサッ。

激安日本酒、五本。

どう見てもスーパーの叩き売りだが、誰もそんなことは言わない。

「ウォォォォォ!!」

地鳴りのような歓声が上がった。

一升瓶を抱えて、ラッパ飲みするオオワダ。

「ワシが一番やー!」と叫んで脱ぎ始める者もいる。

スピリチュアル姫ことヒメカは、「この波動、最ッ高ぉぉぉ!!」と絶叫していた。

その隅っこで、酔いが回ったタヤマイが、財布の中の千円札を数え始め──そして、天井に向かってばら撒いた。

十数枚の千円札がひらひらと降り注ぐ。

「いけええええ!!」

「取れええええええ!!!」

「ワシのやああああああああ!!」

畳に這いつくばる餓鬼ども。

野口英世を掴み合い、殴り合い、一升瓶を持ったまま転倒する営業マン。
酒とゲロと嗚咽の混じる、最悪で、最高の地獄絵図。
それでも、おでんの湯気は、立ち昇っていた。

たとえ、世間から見たら「虚妄」にまみれた生き様でも──
今夜だけは、彼らなりの「祭宴」だった。

冷たい年末の夜風が、すきま風となって安居酒屋の襖を揺らす。

誰かが、千鳥足で、外に叫んだ。
「来年こそ……ワンチャン、あるかもしれんぞぉ!!」

──完──