Zoomの接続が完了するまでの数秒。
その間にも、阿久津公士(あくつまさひと)は、眼鏡のブリッジを押し直しながら、モニターを見つめていた。
“W.Navi”
名前の横に表示されたのは、無表情のフクロウのアバター。
まったく動かないその姿が、逆に「何でも見透かされている」ように感じられて、少しだけ背筋が伸びた。
「……初めまして。アクツマサヒトです」
「初めまして。どうぞ、ご自由にお話しください」
画面の中のフクロウは無言のまま、落ち着いた声だけがスピーカーから流れた。
思ったより人間味のある声で、少し意表を突かれた。
「えっと……ちょっと変な話なんですけど、聞いてもらえますか?」
「もちろんです」
「僕、今、高2で、渋谷にある東大志望者向けの予備校に通ってます。で、そこに……ちょっと変わった英語の先生がいまして」
マサヒトは画面の向こうの様子をうかがうように一呼吸置いたが、フクロウは動かない。
「授業の中身は、まあまあちゃんとしてるんです。英文法とか英文解釈とか。でも、ところどころで“波動がどうこう”とか、“月のエネルギーを利用して英文を暗記する”とか、そういう話が挟まるんですよ」
彼は苦笑した。
「もう正直、意味がわかんなくて」
口元に小さな苦笑を浮かべながら、彼は話を続けた。
「しかもですね、それを本気で信じてる生徒が何人かいるんです。で、その子たちが模試で点数上げてたりするもんだから、ますますもやもやして……“そういうの信じた方が結果出るの?”みたいな空気になってきて」
眉をひそめる彼の声には、どこか戸惑いが混じっていた。
「……僕、そういうの無理なんですよ。目に見えないものとか、非科学的なこととか、信じないタイプで。なんか、“論破したい”って思っちゃってる自分がいるんです」
マサヒトは、言ってから少しだけ沈黙した。
「でも、どう言っても、僕が悪者っぽくなるんですよ。“現実しか信じられない可哀想なやつ”みたいな。別に宗教批判とかしたいわけじゃないのに、“楽しくやってる人たちの邪魔する空気読めないやつ”みたいになるのがつらくて」
口に出した瞬間、胸の奥に隠していた不安が、思いがけず形を持ってあふれ出していくのを感じた。
「論破したいって言いましたけど……ほんとは“放っておけない”って感覚なんです。なんでこんな気になるんだろうって、ちょっと自分でもよくわからなくなってきてて……だから、誰かに話してみたかったんです」
W.Naviのアバターは相変わらず、動かないままじっとこちらを見ていた。
「僕、間違ってますか?“目に見えないものは信じない”っていう考え方って、そんなに悪いことなんですか?」
沈黙。
だが、不安になるような間ではなかった。
“沈黙の先に何かがある”と感じさせる呼吸のような間だった。
やがて──
「ひとつだけ、伺ってもよろしいですか?」
「……はい」
「マサヒトさん、あなたは Wi-Fiを、信じていますか?」
後編につづく