Zoomの接続が完了するまでの数秒が、やけに長く感じられた。
志村悠斗(しむらゆうと)、小学6年生。
Zoomの接続が完了するまでの3秒が、妙に長く感じられた。
ユウトは、小さく深呼吸をしてから画面を見つめた。
現れたのは──フクロウのアバター。
木彫りのように落ち着いたベージュとブラウンの配色。
丸い目は細くなったり、ゆっくり開いたり。
体は左右にごく僅かに揺れていて、まるで風に吹かれるようだった。
「初めまして。W.Naviと申します。今日はどうされましたか?」
声は静かで、何かの読み聞かせのような抑揚があった。
「……あの。ぼく、小学生なんですけど……料金かかりますよね? でも、ちゃんと時間分、おこづかいから払うので……」
「ええ、それで大丈夫ですよ。時間に応じた課金制ですので、ご安心ください」
「それと、なんで、小学生のぼくにも敬語なんですか?」
「ああ、それはですね。私のため、です」
「……え?」
「どなたにも敬語で話すと、無用なトラブルが減るんですよ。“人間関係のこじれ”が、世の中のトラブルの大半ですから」
ユウトは、目をしばたかせた。
どうやらこのフクロウ、というか“この人”は、少し変わっている。
「あの、今日、相談したいのは……」
ユウトは視線を少し落としたあと、思い切ったように口を開いた。
「“将来の夢”って、決めなきゃいけないんですか?」
フクロウは返事をしなかった。
代わりに、パチリと一度だけ瞬きをした。
「……あの、学校で将来の夢の作文っていうのがあって……。でも、ぼく、なにを書いていいのか分からないんです」
ユウトは、言葉を選ぶように、ぽつぽつと話し出した。
「友達は、医者になりたいとか、サッカー選手とか、ユーチューバーとか言ってて……。で、先生は“もっと具体的に”って言うし……。でも、正直、本当にやりたいこととか、まだ分からないんです」
「うんうん」と頷くように、フクロウのアバターがゆっくり左右に揺れる。
「“将来なりたい職業を自由に書いていい”って言われたのに……自由に書けって言われると、逆に困っちゃうというか……。変なこと書いたら、先生が心配するかもしれないし……」
ユウトは、フクロウのアバターを見つめながら、さらに言葉を続けた。
「最初は、図書館の人って書こうとしたんです。でも、友達に“地味すぎ”って言われて……。それで、書けなくなっちゃって……」
話しながら、彼の手元にある鉛筆が、ノートの端をリズムなくとんとんと叩いているのが見える。
「親には“医者とか書いとけばいい”って言われて……でも、そういうの、ウソ書いてる気がして、なんか嫌なんです」
ユウトの言葉が途切れ、沈黙が落ちた。彼は、ふうっと小さく息を吐いた。
「……で、こういう相談、していいのかなって思ったんですけど……」
彼は最後にちょっと恥ずかしそうに笑って、「“子どもがこんなとこ相談するのって変ですか?”って思いながらも、話してみたかったんです」と小声でつぶやいた。
そのとき、Wのアバターが少しだけ静止したように見えた。
目をぱちりとひとつ、瞬いてから──
「ユウトさん、“目上の人に好かれる人間”って、どう思います?」
思いがけない問いかけに、悠斗は瞬きをして、口をぽかんと開けた。
後編に続く