第5話:夢のない作文(前編)

Zoomの接続が完了するまでの数秒が、やけに長く感じられた。

志村悠斗(しむらゆうと)、小学6年生。

Zoomの接続が完了するまでの3秒が、妙に長く感じられた。

ユウトは、小さく深呼吸をしてから画面を見つめた。
現れたのは──フクロウのアバター。
木彫りのように落ち着いたベージュとブラウンの配色。
丸い目は細くなったり、ゆっくり開いたり。
体は左右にごく僅かに揺れていて、まるで風に吹かれるようだった。

「初めまして。W.Naviと申します。今日はどうされましたか?」

声は静かで、何かの読み聞かせのような抑揚があった。

「……あの。ぼく、小学生なんですけど……料金かかりますよね? でも、ちゃんと時間分、おこづかいから払うので……」

「ええ、それで大丈夫ですよ。時間に応じた課金制ですので、ご安心ください」

「それと、なんで、小学生のぼくにも敬語なんですか?」

「ああ、それはですね。私のため、です」

「……え?」

「どなたにも敬語で話すと、無用なトラブルが減るんですよ。“人間関係のこじれ”が、世の中のトラブルの大半ですから」

ユウトは、目をしばたかせた。

どうやらこのフクロウ、というか“この人”は、少し変わっている。

「あの、今日、相談したいのは……」

ユウトは視線を少し落としたあと、思い切ったように口を開いた。

「“将来の夢”って、決めなきゃいけないんですか?」

フクロウは返事をしなかった。

代わりに、パチリと一度だけ瞬きをした。

「……あの、学校で将来の夢の作文っていうのがあって……。でも、ぼく、なにを書いていいのか分からないんです」

ユウトは、言葉を選ぶように、ぽつぽつと話し出した。

「友達は、医者になりたいとか、サッカー選手とか、ユーチューバーとか言ってて……。で、先生は“もっと具体的に”って言うし……。でも、正直、本当にやりたいこととか、まだ分からないんです」

「うんうん」と頷くように、フクロウのアバターがゆっくり左右に揺れる。

「“将来なりたい職業を自由に書いていい”って言われたのに……自由に書けって言われると、逆に困っちゃうというか……。変なこと書いたら、先生が心配するかもしれないし……」

ユウトは、フクロウのアバターを見つめながら、さらに言葉を続けた。

「最初は、図書館の人って書こうとしたんです。でも、友達に“地味すぎ”って言われて……。それで、書けなくなっちゃって……」

話しながら、彼の手元にある鉛筆が、ノートの端をリズムなくとんとんと叩いているのが見える。

「親には“医者とか書いとけばいい”って言われて……でも、そういうの、ウソ書いてる気がして、なんか嫌なんです」

ユウトの言葉が途切れ、沈黙が落ちた。彼は、ふうっと小さく息を吐いた。

「……で、こういう相談、していいのかなって思ったんですけど……」

彼は最後にちょっと恥ずかしそうに笑って、「“子どもがこんなとこ相談するのって変ですか?”って思いながらも、話してみたかったんです」と小声でつぶやいた。

そのとき、Wのアバターが少しだけ静止したように見えた。

目をぱちりとひとつ、瞬いてから──

「ユウトさん、“目上の人に好かれる人間”って、どう思います?」

思いがけない問いかけに、悠斗は瞬きをして、口をぽかんと開けた。

後編に続く