JR渋谷駅から徒歩6分ほどの雑居ビル街──。
その中のひとつに外観がくすんだ灰色の建物がある。
だが、そのビル最上階は、異様な輝きを放っていた。
ビルのエレベーターを降りると、目の前に金色の真鍮プレートが掲げられている。
《PHOENIX ROOM》
(……鳳凰の間?)
白井亮介(しらいりょうすけ)は、半歩だけ足を引いた。
プレートの横には、大理石でできた鳳凰のオブジェがドンと鎮座している。
しかも壁には、カーペットに縫い付けられた格言──
“Rise Again with Infinite Power”
(……まあ、予備校ってこんなもんか)
リョウスケは無表情にドアを押した。
室内は、無駄にゴージャスだった。
深紅の絨毯、金の額縁に収まったフェニックスの絵があちこちに散りばめられた空間。
水槽もある。
中には金色のアロワナがいた。
そして、その空間の奥、宴会ができるのではないかと思うほど広い机の奥に座っていたのは──
金髪にサングラス、日焼けサロンばりの黒光りした肌、白いスーツに金のネックレス。全身からギラつきを放つ男だった。
鷺谷高志(さぎやたかし)。
東大受験予備校「STX」の総帥だ。
「やあ、君が理IIを目指している白井君かね?」
サギヤは、立ち上がり、にっこりと微笑んだ。
その笑顔には、妙な鋭さがあった。
「よく来たね。ようこそ、鳳凰の間へ!」
リョウスケはぺこりと頭を下げた。
(まあ、どこの予備校もこんなもんか)と受け止める。
サギヤは、豪華すぎる机の前に立ち、さらに微笑んだ。
「君を、フェニックスのように蘇らせるのが、我々STXの使命だ」
そして、部屋の隅に立っていたもう一人の男に目をやった。
小柄で、やたらと頭が大きい。
ぱっと見、アニメキャラみたいな体型。
そして、ニコニコしながらペコペコしている。
「君の合格まで、メンタリングを担当するのが、今そこに立っている──」
サギヤはわざとらしく間を置き、ニヤリとした。
「ニッコリ──おっと失礼、ニッポリ先生だ!」
日暮里研二(にっぽりけんじ)は、俯きながら、ニヤニヤ笑った。
そして、やたら丁寧にリョウスケに頭を下げた。
「東大合格を目指して羽ばたこう!」
その声は自信に満ちていた。
「ニッポリ先生のフェニックスパワーで、来年は必ず羽ばたける!」
サギヤが高らかに宣言する。
ニッポリが言う。
「非言語による意識改革、君も体験してもらうよ!」
リョウスケは、よくわからないまま小さく頷いた。
(……まあ、どこの予備校も……こんなもんか)
そんなことを考えながら、彼は静かに、新しい予備校「STX(渋谷東大エクスプレス)」への入会を果たした。
──こうして。
白井リョウスケの「流浪」が始まった。
第2話へつづく