第7話からのつづき
ある朝、スマホを開いたリナは、たまたま流れてきたニュースに目を留めた。
【速報】
医学部専門予備校「メディカルデラックス」名誉総長、島田巧氏、不正疑惑浮上
大きな見出し。
そして──
『オレは何も悪くない!』
必死の形相で叫ぶ、あの中年男性の映像。
(……あれ?)
画面を見つめながら、リナは首をかしげた。
どこかで見た顔。
体と声が大きくて、無駄に堂々とした態度。
エレベーターの前で、やたら威圧的だった、あのおじさん。
(……こないだ、予備校の撮影のときにいた人だ)
思い出した。
でも、それだけだった。
特に驚きも、怒りも、悲しみもなかった。
リナにとって、あの男は、通りすがりの風景のひとつにすぎなかった。
コンビニのレジの列に並んでいた誰か。
駅のホームでふと隣に立った誰か。
その程度の、淡くて色のない記憶。
リナは、スマホを閉じた。
そして、いつも通り机に向かった。
新しい動画を撮る準備。
今日も、防災グッズのレビュー動画だ。
カメラの前に座り、いつものように微笑む。
「こんにちは、りなリンゴ☆です!」
ふわりとした声で、安く手に入れた救助用ホイッスルを紹介する。
そして、「将来は、災害医療にも携われたらいいなって思ってます」と、少しだけ照れながら、夢を語った。
──ラスト。
カメラに向かって、手を振りながら、いつもの締めくくり。
「それじゃあ、今日も元気に──りなりん、GO!」
笑顔のまま、カメラが止まる。
スマホの映像データをパソコンに写し、編集作業。
そしてアップロード。
彼女の世界は、誰に邪魔されることもなく、小さな光を灯し続けている。
──こうして。
島田タクミの世界は崩れ、りなリンゴ☆の世界は、今日も変わらず、ゆっくりと進み続ける。
ー完ー
⇒白井リョウスケの流浪