第8話(終):変わらぬ日々

第7話からのつづき

ある朝、スマホを開いたリナは、たまたま流れてきたニュースに目を留めた。

【速報】
医学部専門予備校「メディカルデラックス」名誉総長、島田巧氏、不正疑惑浮上
大きな見出し。

そして──
『オレは何も悪くない!』
必死の形相で叫ぶ、あの中年男性の映像。

(……あれ?)

画面を見つめながら、リナは首をかしげた。

どこかで見た顔。

体と声が大きくて、無駄に堂々とした態度。
エレベーターの前で、やたら威圧的だった、あのおじさん。

(……こないだ、予備校の撮影のときにいた人だ)

思い出した。

でも、それだけだった。
特に驚きも、怒りも、悲しみもなかった。

リナにとって、あの男は、通りすがりの風景のひとつにすぎなかった。

コンビニのレジの列に並んでいた誰か。
駅のホームでふと隣に立った誰か。
その程度の、淡くて色のない記憶。

リナは、スマホを閉じた。
そして、いつも通り机に向かった。

新しい動画を撮る準備。
今日も、防災グッズのレビュー動画だ。

カメラの前に座り、いつものように微笑む。

「こんにちは、りなリンゴ☆です!」
ふわりとした声で、安く手に入れた救助用ホイッスルを紹介する。

そして、「将来は、災害医療にも携われたらいいなって思ってます」と、少しだけ照れながら、夢を語った。

──ラスト。

カメラに向かって、手を振りながら、いつもの締めくくり。

「それじゃあ、今日も元気に──りなりん、GO!」

笑顔のまま、カメラが止まる。

スマホの映像データをパソコンに写し、編集作業。
そしてアップロード。

彼女の世界は、誰に邪魔されることもなく、小さな光を灯し続けている。

──こうして。
島田タクミの世界は崩れ、りなリンゴ☆の世界は、今日も変わらず、ゆっくりと進み続ける。

ー完ー

⇒白井リョウスケの流浪