第7話:予備校紹介動画に出演

第6話からのつづき

──大学2年、冬。

リナは、少しだけそわそわしていた。

今日は、ファッション系YouTuber・ミサたちとコラボ撮影。
そしてその流れで、ちょっとした「予備校紹介動画」にも出演する予定になっていた。

(……まあ、ちょっと紹介するだけだし)

そんな軽い気持ちだった。

──ビルのエントランス。

豪華な大理石の床、間接照明が光るロビー。
エレベーターもピカピカだ。

(……すごい。私が通ってた改進塾とは全然違うなぁ)

小さなビルの2階にあった、古い机と手作りプリントだけの改進塾。
そことは、何もかもが違った。

(これが……ルイが言ってた、メディカルグリーンみたいな、富裕層向けの医学部予備校ってやつかぁ)

ほんの少しだけ、遠い世界に来たような気がした。

──エレベーターの扉が開いた。

中には、スーツ姿の中年男性が待ち構えていた。
鋭い目。妙に圧がある。

リナは、思わず一瞬、ビクッと身をすくめた。

(うわ、なんかすごい威圧感……)

でも、挨拶すると、一応にこやかに応じてくれた。

(……悪い人じゃなさそう)

だけど──

(妙にエラそうだなぁ……)

そして、

(さっきから……なんか、チラチラ見られてる気がする)

リナは、そっと視線を逸らした。

──撮影は淡々と進んだ。

おしゃれな学習スペースを背景に、簡単な紹介コメント。

そして、流れでメディカルデラックスの紹介動画。

「メディカルデラックス、すごく勉強しやすい環境です!」

笑顔でカメラに向かって言う。

特別な演技なんてない。
頼まれたから、普通に応じただけだった。

(まあ、こんなもんかな……)

──撮影終了。

「お疲れ〜!」

ミサたちと合流して、駅前のカフェでタピオカミルクティーを飲んだ。

ファッションの話、コラボ動画の感想、将来の夢。
楽しい時間が、あっという間に過ぎた。

(やっぱり、私はこういう普通の時間の方が好きだなぁ)

リナは、ふっと思った。

──数ヶ月後。

いつも通り、大学の授業を受け、課題をこなす。

帰宅して、こたつに入って、マイペースにYouTube用の動画を撮った。

「こんにちは、りなリンゴ☆です!」

今回のテーマは、最近通販で安く手に入れた防災グッズの紹介。

「今日は、災害用の懐中電灯です!停電のときも安心だし、持ち運びも楽でおすすめですよ〜」

カメラに向かって、自然体で話す。

そして最後に、ぽつりと付け加えた。

「私は、将来、災害医療にも貢献できる医師になりたいと思っています。だから、こういう防災グッズにもちょっと興味あるんです」

──こうして。

りなリンゴ☆のチャンネルには、また一つ、小さな動画が積み重なった。

コメント欄には、「あの時メディカルデラックスにいました!可愛かったです!」という投稿があった。

メディカルデラックスの撮影?

ああ、そんなこともあったなぁ──

でも、いまはこっち。
防災グッズの紹介、防災食のレビュー、自分のペースで動画を作る日常。

メディカルデラックスの名前も、エレベーター前で見た、あの威圧的なおじさんの顔も──
リナの記憶の中では、少しずつ、少しずつ、静かに風化していった。
 
第8話へつづく