第6話からのつづき
──大学2年、冬。
リナは、少しだけそわそわしていた。
今日は、ファッション系YouTuber・ミサたちとコラボ撮影。
そしてその流れで、ちょっとした「予備校紹介動画」にも出演する予定になっていた。
(……まあ、ちょっと紹介するだけだし)
そんな軽い気持ちだった。
──ビルのエントランス。
豪華な大理石の床、間接照明が光るロビー。
エレベーターもピカピカだ。
(……すごい。私が通ってた改進塾とは全然違うなぁ)
小さなビルの2階にあった、古い机と手作りプリントだけの改進塾。
そことは、何もかもが違った。
(これが……ルイが言ってた、メディカルグリーンみたいな、富裕層向けの医学部予備校ってやつかぁ)
ほんの少しだけ、遠い世界に来たような気がした。
──エレベーターの扉が開いた。
中には、スーツ姿の中年男性が待ち構えていた。
鋭い目。妙に圧がある。
リナは、思わず一瞬、ビクッと身をすくめた。
(うわ、なんかすごい威圧感……)
でも、挨拶すると、一応にこやかに応じてくれた。
(……悪い人じゃなさそう)
だけど──
(妙にエラそうだなぁ……)
そして、
(さっきから……なんか、チラチラ見られてる気がする)
リナは、そっと視線を逸らした。
──撮影は淡々と進んだ。
おしゃれな学習スペースを背景に、簡単な紹介コメント。
そして、流れでメディカルデラックスの紹介動画。
「メディカルデラックス、すごく勉強しやすい環境です!」
笑顔でカメラに向かって言う。
特別な演技なんてない。
頼まれたから、普通に応じただけだった。
(まあ、こんなもんかな……)
──撮影終了。
「お疲れ〜!」
ミサたちと合流して、駅前のカフェでタピオカミルクティーを飲んだ。
ファッションの話、コラボ動画の感想、将来の夢。
楽しい時間が、あっという間に過ぎた。
(やっぱり、私はこういう普通の時間の方が好きだなぁ)
リナは、ふっと思った。
──数ヶ月後。
いつも通り、大学の授業を受け、課題をこなす。
帰宅して、こたつに入って、マイペースにYouTube用の動画を撮った。
「こんにちは、りなリンゴ☆です!」
今回のテーマは、最近通販で安く手に入れた防災グッズの紹介。
「今日は、災害用の懐中電灯です!停電のときも安心だし、持ち運びも楽でおすすめですよ〜」
カメラに向かって、自然体で話す。
そして最後に、ぽつりと付け加えた。
「私は、将来、災害医療にも貢献できる医師になりたいと思っています。だから、こういう防災グッズにもちょっと興味あるんです」
──こうして。
りなリンゴ☆のチャンネルには、また一つ、小さな動画が積み重なった。
コメント欄には、「あの時メディカルデラックスにいました!可愛かったです!」という投稿があった。
メディカルデラックスの撮影?
ああ、そんなこともあったなぁ──
でも、いまはこっち。
防災グッズの紹介、防災食のレビュー、自分のペースで動画を作る日常。
メディカルデラックスの名前も、エレベーター前で見た、あの威圧的なおじさんの顔も──
リナの記憶の中では、少しずつ、少しずつ、静かに風化していった。
第8話へつづく