第12話からのつづき
──春、STX・鳳凰の間。
金ピカのフェニックス像が、今日もギラギラと光っている。
サギヤタカシ塾長は、ソファにふんぞり返り、満足げに笑った。
「おい、コックリ!」
「はい、ニッポリです!」
小柄で笑顔の絶えない男、ニッポリ研二が即座に立ち上がった。
サギヤはオールバックの金髪を指でなでながら、にやりと口元を歪める。
「今回の面談は、お前のお狐さまパワーはいらんぞ」
「えっ?なぜですか?」
ニッポリがきょとんとする。
サギヤは鼻で笑った。
「お前は東大卒じゃないからなぁ。こういうときは、オカルトパワーよりも学歴パワーがモノを言うのだ」
──ニッポリ、ガックリ。
サギヤは椅子から立ち上がり、資料を手にした。
「今回は、ワタナベとスズモリを立ち会わせる。ちゃんとトーダイ出の地味なヤツらだ。信用度バツグンだろ」
「はいっ……」
──ターゲットは、白井リョウスケの母親。
二浪目は、カンゾウで勉強し、東大に落ちた白井リョウスケ。
その母親は、今、焦りと不安でいっぱいのはずだ。
サギヤはそれを嗅ぎ取っていた。
「東大卒の講師陣による直接指導」
「少人数クラスによる徹底フォロー」
「合格実績〇〇名突破」
──本当の中身より、看板と雰囲気を武器に、母親の心を一気に揺さぶる作戦だった。
サギヤはスーツの裾をパシパシと払いながら、口元を歪めて笑った。
「さぁ、捕まえにいくぞ。金のニオイがする方へ──」
──数日後、白井家。
リビングには、いつも通りの、完璧に整えられたオイシックスのディナー。
だが、今日はテーブルに、STXのパンフレットが置かれていた。
ワタナベとスズモリ。
二人の地味な東大卒講師が、穏やかで丁寧な口調で説明している。
「少人数制で、個別にサポートいたします」
「理科一類、二類、三類、それぞれに特化したプランもご用意しております」
母親、貴子は深く頷いた。
「……やっぱり、東大卒の先生方が直接指導してくださるのは、安心できますね」
サギヤは、後ろから満足げに見守りながら、静かに頷いた。
(オレ様のシナリオ通りだ……)
リョウスケは、黙ってそれを聞いていた。
胸の奥では、ザラザラしたものが渦巻いていた。
でも、何も言わなかった。
──カンゾウには戻れない。
あそこは、もう無理だ。
カデノコウジ先生のことは、恨んでいない。
いや、むしろ本当は、もう一度、先生の指導を受けたい。
でも、島田塾長がいる限り、無理だ。
スタッフたちの噂話を、あの日、聞いてしまったからだ。
「白井君かわいそうね、塾長のせいで」
「その塾長にカデノコウジ先生が結構はむかったらしいよ」
「えー、あの大人しいカデノコウジ先生が?」
「カデノコウジ先生も板挟みで可哀想よね」
──だから、もう戻れない。
リョウスケは、静かに目を閉じた。
そして、また目を開けたとき、小さく、うなずいた。
「……わかりました。お願いします」
それは、心からの決意ではなかった。
ただ、流れに身を任せるような、そんなうなずきだった。
リビングには、パラパラと資料をめくる音だけが響いていた。
白井リョウスケ、再び、STXへ。
妹は、現役で女子大に合格した。
それに対して、自分は──またもや浪人。
リョウスケは、ぼんやりと天井を見上げた。
そして心の中で、静かに呟いた。
(……もう、どうにでもなれ)
そんな気持ちで、彼は再び、STXへ向かっていた。
外は、春の光がやけに眩しかった。
けれどそのぬるい風は、リョウスケの胸を少しも温めなかった。
第14話へつづく