第13話:戻る場所

第12話からのつづき

──春、STX・鳳凰の間。

金ピカのフェニックス像が、今日もギラギラと光っている。
サギヤタカシ塾長は、ソファにふんぞり返り、満足げに笑った。

「おい、コックリ!」

「はい、ニッポリです!」

小柄で笑顔の絶えない男、ニッポリ研二が即座に立ち上がった。

サギヤはオールバックの金髪を指でなでながら、にやりと口元を歪める。

「今回の面談は、お前のお狐さまパワーはいらんぞ」

「えっ?なぜですか?」

ニッポリがきょとんとする。

サギヤは鼻で笑った。

「お前は東大卒じゃないからなぁ。こういうときは、オカルトパワーよりも学歴パワーがモノを言うのだ」

──ニッポリ、ガックリ。

サギヤは椅子から立ち上がり、資料を手にした。

「今回は、ワタナベとスズモリを立ち会わせる。ちゃんとトーダイ出の地味なヤツらだ。信用度バツグンだろ」

「はいっ……」

──ターゲットは、白井リョウスケの母親。

二浪目は、カンゾウで勉強し、東大に落ちた白井リョウスケ。

その母親は、今、焦りと不安でいっぱいのはずだ。

サギヤはそれを嗅ぎ取っていた。

「東大卒の講師陣による直接指導」

「少人数クラスによる徹底フォロー」

「合格実績〇〇名突破」

──本当の中身より、看板と雰囲気を武器に、母親の心を一気に揺さぶる作戦だった。

サギヤはスーツの裾をパシパシと払いながら、口元を歪めて笑った。

「さぁ、捕まえにいくぞ。金のニオイがする方へ──」

──数日後、白井家。

リビングには、いつも通りの、完璧に整えられたオイシックスのディナー。
だが、今日はテーブルに、STXのパンフレットが置かれていた。

ワタナベとスズモリ。
二人の地味な東大卒講師が、穏やかで丁寧な口調で説明している。

「少人数制で、個別にサポートいたします」

「理科一類、二類、三類、それぞれに特化したプランもご用意しております」

母親、貴子は深く頷いた。

「……やっぱり、東大卒の先生方が直接指導してくださるのは、安心できますね」

サギヤは、後ろから満足げに見守りながら、静かに頷いた。

(オレ様のシナリオ通りだ……)

リョウスケは、黙ってそれを聞いていた。

胸の奥では、ザラザラしたものが渦巻いていた。
でも、何も言わなかった。

──カンゾウには戻れない。

あそこは、もう無理だ。

カデノコウジ先生のことは、恨んでいない。
いや、むしろ本当は、もう一度、先生の指導を受けたい。

でも、島田塾長がいる限り、無理だ。
スタッフたちの噂話を、あの日、聞いてしまったからだ。

「白井君かわいそうね、塾長のせいで」

「その塾長にカデノコウジ先生が結構はむかったらしいよ」

「えー、あの大人しいカデノコウジ先生が?」

「カデノコウジ先生も板挟みで可哀想よね」

──だから、もう戻れない。

リョウスケは、静かに目を閉じた。
 
そして、また目を開けたとき、小さく、うなずいた。

「……わかりました。お願いします」

それは、心からの決意ではなかった。
ただ、流れに身を任せるような、そんなうなずきだった。

リビングには、パラパラと資料をめくる音だけが響いていた。

白井リョウスケ、再び、STXへ。

妹は、現役で女子大に合格した。
それに対して、自分は──またもや浪人。

リョウスケは、ぼんやりと天井を見上げた。
そして心の中で、静かに呟いた。

(……もう、どうにでもなれ)

そんな気持ちで、彼は再び、STXへ向かっていた。

外は、春の光がやけに眩しかった。
けれどそのぬるい風は、リョウスケの胸を少しも温めなかった。

第14話へつづく