第19話からのつづき
──数ヶ月後。あるいは、数年後。
白井リョウスケ率いるバンド《poetic justice》は、いまや世界的な注目を集める存在になっていた。
そのサウンドは破壊的で、どこまでも暴力的で、そして、驚くほどやさしかった。
だが、それを取り巻く人々は、それぞれの場所で──
彼の“その後”を、ひっそりと見つめていた。
◆
──高田馬場・カンゾウ(関東学力増進機構)塾長室。
「おい、ゴンドウ!!」
「へいっ!」
書類の山を抱えた教育ブローカー・ゴンドウが、汗をかきながら入ってくる。
「お前、このバンド知っとるか!? “ポエキック・ジャステス”じゃ!」
島田タクミは、デカデカと印刷された音楽雑誌の表紙を机にドンと置いた。
「このヴォーカル──白井リョウスケ。ワシが育てた男じゃあ!」
「さすが島田塾長……見る目が違いますわ……」
「せやろ!? これが“育てた男が世界を制す”っちゅうことじゃ!!」
タクミは「お~いお茶」を豪快にあおる。
「さあ!来年のパンフレットに書くぞ! “世界的ロックスターを輩出した予備校”ってなあ!!」
◆
──渋谷・STX 塾長室「鳳凰の間」。
「おい、バックレ!」
「ニッポリです!」
ニッポリ研二がビクッと直立する。
「お前なぁ、こないだのメルマガでな、“萌えチック・逆ティスの英語詞は、自分の指導がベース”とか書いてただろ?」
「は、はい……分詞構文と強調構文が──」
「シャラクセェわ!! 英語を教えたのはお前でもな、羽ばたかせたんはこのオレなのだ!!」
サギヤは机をドン!と叩く。
「いいか、明日のメルマガにこう書け。“あの白井リョウスケは、STXのフェニックスが羽ばたかせた”ってな!」
「は、はい……(何も言えない)」
鳳凰の間には、今日も変わらず栄養ドリンクの香りが漂っていた。
◆
──都内・ある小さなアパート。夜。
教務室でも塾長室でもない場所で、カデノコウジはひとり、湯呑み片手にノートパソコンを開いていた。
たまたま開いた動画に、あの曲があった。
ギターのイントロ。
太いベースのグルーヴ。
爆ぜるようなドラム。
──そして、歌。
バンド名「poetic justice」。
曲名《with a little help from my teacher》。
画面の中の白井リョウスケは、堂々とマイクを握り、世界のオーディエンスを前に、吠えていた。
だが、そのシャウトのあとに、ふと響いたワンフレーズ。
With a little help from my teacher…
カデノコウジは、音も立てずに、小さく微笑んだ。
「……羽ばたいたね」
彼の頬に、うっすらと光る白髪。
そして、心の中に灯る、たしかな誇り。
◆
──春。とある地方都市の国立大学。
キャンパスのベンチで、一人の女子大生がスマホを眺めていた。
彼女は流れてきた動画に、ふと目を止める。
音楽。
轟音。
だけど、なぜか──優しかった。
そして、あの一節。
With a little help from my teacher…
(……あれ?)
心の中に、ある先生の顔がふっと浮かんだ。
春の陽光が、ノートの余白をやさしく照らす。
彼女は、静かに呟いた。
「……次の動画は、これを紹介しよっ!」
──完──
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