第20話(終):それぞれの音

第19話からのつづき

──数ヶ月後。あるいは、数年後。

白井リョウスケ率いるバンド《poetic justice》は、いまや世界的な注目を集める存在になっていた。

そのサウンドは破壊的で、どこまでも暴力的で、そして、驚くほどやさしかった。

だが、それを取り巻く人々は、それぞれの場所で──
彼の“その後”を、ひっそりと見つめていた。

──高田馬場・カンゾウ(関東学力増進機構)塾長室。

「おい、ゴンドウ!!」

「へいっ!」

書類の山を抱えた教育ブローカー・ゴンドウが、汗をかきながら入ってくる。

「お前、このバンド知っとるか!? “ポエキック・ジャステス”じゃ!」

島田タクミは、デカデカと印刷された音楽雑誌の表紙を机にドンと置いた。

「このヴォーカル──白井リョウスケ。ワシが育てた男じゃあ!」

「さすが島田塾長……見る目が違いますわ……」

「せやろ!? これが“育てた男が世界を制す”っちゅうことじゃ!!」

タクミは「お~いお茶」を豪快にあおる。

「さあ!来年のパンフレットに書くぞ! “世界的ロックスターを輩出した予備校”ってなあ!!」

──渋谷・STX 塾長室「鳳凰の間」。

「おい、バックレ!」

「ニッポリです!」

ニッポリ研二がビクッと直立する。

「お前なぁ、こないだのメルマガでな、“萌えチック・逆ティスの英語詞は、自分の指導がベース”とか書いてただろ?」

「は、はい……分詞構文と強調構文が──」

「シャラクセェわ!! 英語を教えたのはお前でもな、羽ばたかせたんはこのオレなのだ!!」

サギヤは机をドン!と叩く。

「いいか、明日のメルマガにこう書け。“あの白井リョウスケは、STXのフェニックスが羽ばたかせた”ってな!」

「は、はい……(何も言えない)」

鳳凰の間には、今日も変わらず栄養ドリンクの香りが漂っていた。

──都内・ある小さなアパート。夜。

教務室でも塾長室でもない場所で、カデノコウジはひとり、湯呑み片手にノートパソコンを開いていた。

たまたま開いた動画に、あの曲があった。

ギターのイントロ。
太いベースのグルーヴ。
爆ぜるようなドラム。

──そして、歌。

バンド名「poetic justice」。

曲名《with a little help from my teacher》。

画面の中の白井リョウスケは、堂々とマイクを握り、世界のオーディエンスを前に、吠えていた。

だが、そのシャウトのあとに、ふと響いたワンフレーズ。

With a little help from my teacher…

カデノコウジは、音も立てずに、小さく微笑んだ。

「……羽ばたいたね」

彼の頬に、うっすらと光る白髪。
そして、心の中に灯る、たしかな誇り。

──春。とある地方都市の国立大学。

キャンパスのベンチで、一人の女子大生がスマホを眺めていた。

彼女は流れてきた動画に、ふと目を止める。

音楽。
轟音。

だけど、なぜか──優しかった。

そして、あの一節。

With a little help from my teacher…

(……あれ?)

心の中に、ある先生の顔がふっと浮かんだ。

春の陽光が、ノートの余白をやさしく照らす。

彼女は、静かに呟いた。

「……次の動画は、これを紹介しよっ!」

──完──

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