──午後3時すぎ。メディカルデラックスの応接室。
面接室のドアが、勢いよく開かれた。
「はじめましてっ!!」
ドアから入ってきたのは、やや小柄で、やけに頭が大きい男。
白いワイシャツはボタンダウン。
ダークイエローのチノパンに、明るい水色のジャケットを着ている。
額に汗を光らせながら、笑顔で深々とお辞儀する。
「日暮里研二(にっぽりけんじ)と申しますっ!!」
着席していたエゾエ慎太郎は、表情は変えず、視線だけで一瞬、履歴書を確認。
──履歴書。
GMU(ジョージ・メイソン大学)卒
職歴:都内の私塾・非常勤(国語科)→退職
資格欄には「スピリチュアル検定3級」とだけある。
「……どうぞ、お掛けください」
「失礼します! お時間いただき、ありがとうございますっ!」
イスに座るなり、ニッポリは自ら語り始める。
「私、ですね──人の“魂”に火を点ける、そんな授業を目指してます!ただ“点を取らせる”んじゃない。生徒の内なる可能性に、火を、ですね、こう──ボッ!と!」
エゾエ、無言で頷く。
「で、これまで、どういった形でご指導を?」
「はいっ!都内の小さな塾で非常勤で英語を……でも、どうも周りと“周波数”が合わなかったといいますか……“波動”が……」
エゾエは心の中で、そっとペンを立てて構える。
「なぜ、当校に?」
「はいっ!やっぱり、お医者さんを目指す若者って、“心”も“使命”もあると思うんです。私、そういう“魂のブループリント”に触れたいというか──“覚醒前夜”に立ち会いたいというか!」
エゾエの目が鋭くなる。
「……ちなみに、受験指導の経験としては?」
「えっと……授業はやってました! 生徒に“君は天才だ”って言ったら、泣いちゃって。でもその後、“現実もちゃんと見ろ”って怒られて、塾を……まあ、退職しました!」
「なるほど」
ニッポリの瞳は、キラキラしていた。
“可能性”と“誤解”が、交差する独特の光。
エゾエは、しばし沈黙したのち、静かに言葉を継ぐ。
「ニッポリさん。少し厳しいことを申し上げます」
「はいっ!」
「教育現場は、感動の再現装置ではありません。舞台でも、カウンセリングでもない。“結果”を出すために、全員が“役割”を果たす場です」
「…はぁ」
「あなたの語る“魂”や“波動”も、否定はしません。ですが生徒の不合格は、“波動が低かったから”では済まされないんです」
ニッポリは、一瞬まばたきを止めた。
「教えるというのは、“共鳴”ではなく“構築”です。学力という土台を、データと分析で、冷静に積み上げていく。地味な作業です」
部屋の空気がわずかに沈んだ。
ニッポリの前のめりな姿勢はそのままだったが、その背中からは、どこか迷子のような気配が漂っていた。
エゾエは、その変化を見逃さなかった。
「もしあなたが、生徒に必要以上の“夢”を見せてしまえば、それは“指導”ではなく、“依存”になります」
完全に、黙るニッポリ。
だが、エゾエはまだ止めない。
「ニッポリさん。あなたが探しているのは、“教える場所”ではなく、“自分自身”なのではありませんか?」
その言葉に、ニッポリの目が揺れる。
(図星だ……)
「探すな、己を。場所じゃない。……自分は、今いる場所で形作るものです。それが、教育者という“職業”なんです」
やがて、エゾエは履歴書を伏せ静かに結論を口にした。
「今回は……ご縁がなかったということで」
「は、はいっ。ありがとうございました」
背中を丸め、去っていくニッポリ。
背後で、扉が“カチャ”と閉まる。
エゾエは、履歴書の余白にこう書き記した。
「魂の行き先、未定。社会性、迷子」
第5話へつづく。