第4話:自分探し君

──午後3時すぎ。メディカルデラックスの応接室。

面接室のドアが、勢いよく開かれた。

「はじめましてっ!!」

ドアから入ってきたのは、やや小柄で、やけに頭が大きい男。

白いワイシャツはボタンダウン。
ダークイエローのチノパンに、明るい水色のジャケットを着ている。

額に汗を光らせながら、笑顔で深々とお辞儀する。

「日暮里研二(にっぽりけんじ)と申しますっ!!」

着席していたエゾエ慎太郎は、表情は変えず、視線だけで一瞬、履歴書を確認。

──履歴書。
GMU(ジョージ・メイソン大学)卒
職歴:都内の私塾・非常勤(国語科)→退職
資格欄には「スピリチュアル検定3級」とだけある。

「……どうぞ、お掛けください」

「失礼します! お時間いただき、ありがとうございますっ!」

イスに座るなり、ニッポリは自ら語り始める。

「私、ですね──人の“魂”に火を点ける、そんな授業を目指してます!ただ“点を取らせる”んじゃない。生徒の内なる可能性に、火を、ですね、こう──ボッ!と!」

エゾエ、無言で頷く。

「で、これまで、どういった形でご指導を?」

「はいっ!都内の小さな塾で非常勤で英語を……でも、どうも周りと“周波数”が合わなかったといいますか……“波動”が……」

エゾエは心の中で、そっとペンを立てて構える。

「なぜ、当校に?」

「はいっ!やっぱり、お医者さんを目指す若者って、“心”も“使命”もあると思うんです。私、そういう“魂のブループリント”に触れたいというか──“覚醒前夜”に立ち会いたいというか!」

エゾエの目が鋭くなる。

「……ちなみに、受験指導の経験としては?」

「えっと……授業はやってました! 生徒に“君は天才だ”って言ったら、泣いちゃって。でもその後、“現実もちゃんと見ろ”って怒られて、塾を……まあ、退職しました!」

「なるほど」

ニッポリの瞳は、キラキラしていた。
“可能性”と“誤解”が、交差する独特の光。

エゾエは、しばし沈黙したのち、静かに言葉を継ぐ。

「ニッポリさん。少し厳しいことを申し上げます」

「はいっ!」

「教育現場は、感動の再現装置ではありません。舞台でも、カウンセリングでもない。“結果”を出すために、全員が“役割”を果たす場です」

「…はぁ」

「あなたの語る“魂”や“波動”も、否定はしません。ですが生徒の不合格は、“波動が低かったから”では済まされないんです」

ニッポリは、一瞬まばたきを止めた。

「教えるというのは、“共鳴”ではなく“構築”です。学力という土台を、データと分析で、冷静に積み上げていく。地味な作業です」

部屋の空気がわずかに沈んだ。

ニッポリの前のめりな姿勢はそのままだったが、その背中からは、どこか迷子のような気配が漂っていた。

エゾエは、その変化を見逃さなかった。

「もしあなたが、生徒に必要以上の“夢”を見せてしまえば、それは“指導”ではなく、“依存”になります」

完全に、黙るニッポリ。
だが、エゾエはまだ止めない。

「ニッポリさん。あなたが探しているのは、“教える場所”ではなく、“自分自身”なのではありませんか?」

その言葉に、ニッポリの目が揺れる。

(図星だ……)

「探すな、己を。場所じゃない。……自分は、今いる場所で形作るものです。それが、教育者という“職業”なんです」

やがて、エゾエは履歴書を伏せ静かに結論を口にした。

「今回は……ご縁がなかったということで」

「は、はいっ。ありがとうございました」

背中を丸め、去っていくニッポリ。
背後で、扉が“カチャ”と閉まる。

エゾエは、履歴書の余白にこう書き記した。

「魂の行き先、未定。社会性、迷子」

第5話へつづく。