第14話:参考書ブロガー

──メディカルデラックス本部、面接室。

ガラスのドアが開いた瞬間、どこか“気取った空気”がふわりと流れ込んできた。

「どうも、本日はよろしくお願いいたします」

頭を下げたのは、やせ型のメガネ男。

スーツの肩はどこか落ち着かず、ネクタイの結び目も心なしか斜めに傾いている。
普段はこのような格好はしていないのだろう。

名刺サイズの封筒を取り出して、テーブルに置いた。

「これ、僕のブログです。QRコードも入ってますんで」

──西岡章人(にしおか・あきひと)

立命館大学 文学部卒。
職歴なし。アルバイト歴は「赤本解答作成」と「過去問校正」のみ。

現在は、「教育情報発信ブロガー」を名乗り、日々ブログを更新中。
ブログ村・大学受験カテゴリで、常にベスト10圏内。

エゾエ慎太郎は、ペンを走らせながら、「ブログ……」と一言だけ呟いた。

「ブログ、かなり見られてます。正直、教材に関しては予備校講師より詳しい自信あります」

「教材、ですか」

「ええ。GET会と天台文庫、あと驚愕社と霧沢書店──。出版社ごとの設問傾向ってあるんですよ。そういう分析、10年分以上まとめてます。Googleスプレッドシートで」

「なるほど」

「一部の受験生たちは僕のことを”参考書マイスター”と呼んでいます」

「なるほど」

参考書に関しては、かなりの自信があるのだろう。
ニシオカは持論を語りはじめた。

「予備校って、参考書を指定するじゃないですか。でも、“どの参考書をいつ・誰に使わせるか”って、戦略が必要なんです。僕のブログでは、その辺りも……」

エゾエはペンを止め、顔を上げる。

「失礼ですが、ニシオカさん。生徒の“顔”を見ながら授業をされたことは?」

「いえ、でも。文章を書く上で、読者の反応を想定するのは当然ですし──コメント欄でフィードバックをもらうこともあります」

「“フィードバック”と“その場の反応”は、決定的に違います」

ニシオカは、少しむっとした表情で言い返す。

「でも、ブログを読んで受験生が参考になったって言ってくれるんです。だから、現場でも──」

「教育現場は、ブログじゃありません」

ピシャリと返された。

「受験生の学力、性格、家庭環境、精神状態。すべての変数がリアルタイムで絡み合って動いています。一方向の“言いっぱなし”が通用する世界じゃない」

ニシオカは言葉を失った。

エゾエの視線が、鋭く突き刺さる。

「参考書の知識は、重要です。ですが──。それを“現場で使える言葉”に変換できるかが勝負です。ブログの文章は、自己完結できる。でも、授業は違う」

ニシオカの反応を待つことなく、エゾエは淡々と語りを続けた。

「“話す”ことは、“投げる”ことじゃない。相手に届いて、理解されて、初めて意味を持つ」

……沈黙。

ニシオカの笑顔が、すうっと薄れていく。

「教材の分析に強みを感じているなら、教材制作の会社を探す方が、ずっとあなたの能力を活かせると思います」

エゾエの声は冷たくはないが、容赦もない。

「今回は、見送らせていただきます」

──ニシオカアは、静かに頭を下げた。

再びブログの封筒をカバンにしまいながら、面接室を出ていった。

……数週間後。

彼は、教材出版社「桜教育サービス株式会社」に入社した。

参考書の知識が買われ、古い赤本の解答作成や、模試の過去問の校正課に配属された。

社内では「ブログ先輩」と呼ばれたが──
誰ひとり、彼のブログを読んだ者はいなかった。
 
第11話へつづく