第2話:肩書きと女に溺れる

島田タクミの「武器」は、電話営業だけではなかった。

もうひとつの武器──それは「肩書き」である。

タクミは自らをこう名乗っていた。

「東京大学卒。文科三類で心理学を専攻していたを専攻していた」

実際は、四国の大学中退である。
だが彼にとって、真実かどうかは問題ではなかった。

「“東大卒”ってだけで、親の目の色が変わる。中身なんか見ちゃいねぇのさ」

保護者説明会では、東大卒というフレーズが配布資料のあちこちにちりばめられていた。

説明会の司会は、タクミが登壇する直前に「皆さん、本物の東大卒が、ここにいます」と口にするよう常に指示されていた。

生徒の親たちの視線は、一様に尊敬と期待に満ちていた。
そして、その視線が快感だった。

それ以上に、タクミが快感を覚えていたのは──若い女子生徒たちの反応である。
週に2回、現代文と漢文の授業を担当していたタクミ。
授業のたびに、「質問がある」と言って塾長室を訪ねてくる生徒が何人かいた。
特に、真面目で控えめな女子生徒が多かった。

そうした生徒に、タクミは「心理学者」としての顔を見せる。

「君は一人っ子だね?」
「君には妹がいるね、きっと」
「君、親の期待に応えようとしてないか?」

たった二分の一の確率の質問だ。

だが、当たれば女子生徒は驚いた表情でこう言う。

「えっ…なんでわかったんですか?」

タクミは、決まってこう答えた。

「ま、東大で心理学もちょっとかじっててね。君の仕草、目線、そういうのからわかるんだよ」

まるで催眠術師のように言い切る。
真面目な高校生は、それを信じる。

そして、畳みかける。

「君、今のままじゃ第一志望は厳しいぞ。」

「もう少し、俺のところに質問に来なさい」

この人に頼れば受かるかもしれない。
そんな錯覚が生まれる。

女子生徒の中には「塾長室に行くのが楽しみ」と話す「信者」が毎年必ず何人かはいた。

そして彼女たちは大学に合格すると、タクミの塾長室に必ず「ありがとうございます」と報告と挨拶に来た。

「合格おめでとう。飯でも行こうか。お前だけは特別に合格祝いじゃ」

ファミレスで構わない。
むしろその方が自然だった。

合格の喜びで、そして「お前だけは特別」と言われた女子生徒は、警戒心もなく笑顔を見せてハンバーグセットを頬張った。

だから、彼女たちが大学生になっても、連絡は途絶えなかった。

タクミのスマホには、元女子生徒の名前が100人以上並んでいた。
その多くが女子大生になり、あるいはOLになり、たまに連絡をくれる。

「久しぶり〜、塾長元気?」

「また、ご飯奢ってくださいよ〜」

元教え子たちのネットワーク。
タクミにとって、それはある意味資産だった。

大学に合格したばかりの生徒は未成年。
酒を呑ますわけにはいかない。

だから、定期的に連絡をとり、ファミレスでハンバーグ定食でも食べさせておけば良い。

成人して酒が飲める年齢になるまで、気長に「熟成」させれば良い。

そして、「お前だけは特別」を言われた元女子生徒からは、ほぼ確実に「成人しました」と連絡がくる。

そうしたら、行きつけの居酒屋で食事を奢り、酒を飲ませ、酩酊させる。
タクシーに押し込み、道玄坂のラブホ街に直行。

これがタクミの常套手段だった。

この方法でタクミの手中に堕ちた「元生徒」の数は30人を下らなかった。

「おう、アイリ。今日の夜、またあの店でな」
タクミは電話を片手に、机に足を乗せたまま笑っている。

彼の周囲には、常に若い女と金の匂いが漂っていた。
それが当然だと思っていた。

「伝説の塾長」と呼ばれる自分にふさわしい日常だと信じていた。

しかし、その日常が、すでに“終わりの始まり”を迎えていたことに、誰も気づいていなかった。