第14話:親バカの居場所

Zoomの接続が完了する。

画面に映ったのは、開業医・上杉高充(うえすぎたかみつ)の白衣姿の男だった。

背景は病院の応接室のようだが、画像が古く、やけにぼやけて見える。

「いやぁ、先生。この前はありがとうございました。急にお時間いただいちゃってぇ」

フクロウのアバターは、静かに、左右にゆらゆらと揺れている。
何も言わない。ただ、聴いている。

「おかげさまでね、個別指導のコマを増やしたら、息子も少しは張り切って勉強しているようで。いやぁ、ほんとにお礼のしようがありません。さすが先生です」

フクロウは何も言わず、ただ静かに揺れている。

「で、今日はまた別の相談がありまして……いやぁ、実はですね、今回は家内のことでして」

Wは軽く首を傾けるように見える。

「うちの妻、毎週、山形の自宅から、息子のマンションまで日帰りで行ってるんですよ。ええ、東京です。山形から新幹線で片道2時間半。それを毎週です」

口調はあくまで軽やかで明るい。だがその明るさの下には、「こんなことを毎週続けていて大丈夫なのか」という、うっすらとした不安の影がのぞいていた。

「いや、まぁお金は問題ないんですよ。交通費? ええ、それは気にしてません。でも、どうもやりすぎなんじゃないかと思いましてね……」

フクロウは依然として無言で揺れている。まるで、次の言葉を待っているかのような沈黙だった。

「何をしているかと言うと、洗濯です。部屋の掃除です。食材を届けて、料理を冷蔵庫に入れて。いやぁ、もう完全に息子の家政婦ですよ」

フクロウのアバターは静かに揺れ続ける。

「しかもですよ? 息子は“ああ、また来たの”なんて言うんです。感謝もなければ、手伝うわけでもない。家内は“あの子も忙しいんだから”って笑ってますけど……」

冗談めかした響きを帯びつつも、表層意識では「心配だ」と信じて語っている。しかしその奥底には、親バカぶりを誰かに聞いてほしいという欲求が潜んでいた。田舎であからさまに口にすれば「成金だ」とやっかまれるだろうが、この場なら安心して話せるのだ。

「これって、どうなんでしょう? 親バカにもほどがあるんじゃないかって……いや、私も親バカかもしれませんけど……」

心配してはいるのだろう。しかし、そこには「これだけ息子に手をかけられる余裕がある」という自負も滲む。地元では口にできないその実感を、誰かにだけは聞いてほしい——そんな気持ちが言葉の底に透けていた。

「家内は、息子を“医者にする”という目標で突っ走ってます。確かに私も、息子には医者になってほしい。でも……なんだか家内が息子に“依存”してるんじゃないかって心配になりましてね」

深刻さよりもむしろ「聞いてほしい」が前に出る調子だった。自分の家庭のやり方を、否定されずに受け止めてもらえる相手がいないからこそ、彼はこの場で語っているかのようだ。

「これ、止めさせるべきですか? いや、別にお金は構わないんですけどね。家内も東京で息子の顔を見るのが楽しみだと言いますし……ただ、このままじゃ息子も自立しないし……」

Wはしばし沈黙し、やがて静かに口を開いた。

「奥様にとって、息子さんの部屋は“ご自分の居場所”なのかもしれませんね。」

「……え?」

「誰かの役に立っていると感じられる場所は、時に安心感を与えますから。」

ウエスギはしばらく黙った。

「ああ……そうか……妻にとって、あれは“居場所”なんだ……」

フクロウのアバrターは静かに揺れている。

「でも、それで妻が幸せなら……いや、息子には良くないかもしれませんが……家内もまた、息子に支えられているんですね……」

ウエスギは、語りながら、自分たちのあり方を「悪くない」と肯定してくれる言葉を求めていることに気づき始めていた。

「……話しているうちに、少し見えてきました。ありがとうございます、先生」

「どういたしまして。」

「いやぁ、じゃあ、しばらくは様子を見ます。妻も、あれが楽しみなら……まぁ、そうさせてあげましょう。親バカはお互い様ですし」

画面がフェードアウトし、Zoomの接続が切れる。

フクロウのアバターが静かに消える。

Zoomの接続が切れ、和波知良(わなみかずよし)の部屋が映し出される。

テーブルには、カモミールティーと、蜂蜜がけのフレンチトースト。
和波はティーカップを手に取り、カモミールの香りを静かに吸い込みながら口に含んだ。

スマートフォンが静かに震え、「振込完了通知 ¥100,000」の文字が表示される。
画面の下にはウエスギタカミツの名がある。

ワナミはスマートフォンを伏せ、静かに息をついた。振込は、話を聞き、受け止めてやったことへのウエスギなりの謝礼のように思えた。

そしてまた、フレンチトーストをまたひと口。

第15話へつづく