第15話:お土産に苦悩する

Zoomの接続が完了する。
画面に映ったのは、白衣姿の医師、上杉高充(うえすぎたかみつ)。

背景は病院の院長室のようだ。
白衣の胸ポケットには、ペンがいくつも差してあった。

「いやぁ、先生。この前もありがとうございました。急にお時間いただいちゃって──」

和波知良(わなみかずよし)のアバター、フクロウの「W」は、ゆっくりと左右にゆらゆらと揺れている。

何も言わない。
ただ、聴いている。

「おかげさまでね、妻のことも少し考え方を変えまして。あれはあれで、妻の居場所なんだと思えば、まぁ悪くないかなと。いやぁ、先生のおかげです。ありがとうございます」

フクロウのアバターは何も言わず、ただゆっくりと揺れている。

「で、今日はまた別の相談がありまして……いやぁ、実はですね、今度、息子が通う医学部予備校で保護者面談があるんですよ」

フクロウは何も言わない。
しかし、しっかり声は届いているという手応えをウエスギは感じている。

「もう4浪目ですから、今回もまた行きますよ。スーツもネクタイも新調しました。見た目は問題ありません。でも悩んでいるのは“お土産”なんです」

ウエスギは1回ため息をついてから続ける。

「いや、これまでもね、山形の高級品は一通り持って行きましたよ。地酒、米沢牛、ラ・フランス、フルーツゼリー、牛しぐれ煮、マスクメロン、アンデスメロン……いやぁ、考えられるものは全部です」

言葉には、心なしか共感、あるいはねぎらいを求める空気が漂っているようにも感じられる。

「でも、毎回同じようなものだと“またこれか”と思われるんじゃないかと……ワンパターンだと思われたら、息子の印象が悪くなるんじゃないかと心配でして」

口調が早口になっていく。

「それに一番気になるのは、どのお土産が“息子に目をかけてもらえるか”なんです。特に講師の先生方に……」

Wはしばし沈黙し、やがて静かに口を開いた。

「その予備校のスタッフ、社員の人数はどれくらいですか?」

「え?……ああ、スタッフですか? そうですね……受付の方もいますし、事務の方も、掃除のおばちゃん、学生アルバイトもいるでしょう。業務委託の講師も含めたら……ざっと50人から70人くらいでしょうか」

Wは静かに揺れている。

「……そうか、なるほど。質より量か!」

「全員に行き渡るお土産か……確かに、特定の先生だけ喜ばせても意味がない。スタッフ全員に行き渡れば、息子のことも自然に覚えてもらえるかもしれない」

ウエスギは急に興奮し始めた。

「そうだ、ラ・フランスのゼリーか? 高級フルーツのゼリーセット? いや、それだとありきたりか……日持ちという面で考えれば缶詰という手もあるぞ。そうだ、米沢牛の缶詰を70個買って、あらかじめ面談の日か前日に届くように手配すれば良い!」

バラバラだった思考が、次第に一点に収斂し始めているようだ。

「“皆さんでどうぞ”と書いて、スタッフ全員に行き渡るようにする。しかも宅配便を使えば、私が手ぶらで行ける!重いものを持たずに済む!」

勢いに拍車がかかる。

「缶詰ならもらった人も気軽に持ち帰れるし……いやぁ、これはいい。先生、ありがとうございます!これならうちの息子のことも覚えてもらえるかもしれない。『お父さんからのお土産ありがとう』なんて言って、息子に目をかけてくれる人も出てくるかもしれない!」

完全に結論が固まったようだった。

「いやぁ、先生、本当にありがとうございます!これはいいぞ!」

画面がフェードアウトし、Zoomの接続が切れる。
フクロウのアバターが静かに消える。

テーブルの上には、ダージリンティーと、サクサクのアップルパイ。

ワナミはティーカップを持ち上げ、紅茶の香りを吸い込みながら、ひとくち口に含んだ。

スマートフォンが静かに震え、“振込完了通知 ¥200,000”の文字が表示される。
画面の下にはウエスギの名がある。

和波は苦笑し、そっと肩を落とした。

そして、アップルパイをひと口。

第16話へつづく