Zoomの接続が完了するまでの3秒。
緊張のためか、こころなしか長く感じた。
三浦悠真(みうらゆうま)は、カメラの前で肩の力を抜くように息を吐いた。
画面に現れたのは、フクロウのアバター。“W.Navi”。
瞬きと揺れを繰り返すだけのアニメーション。
それでも、そこに「誰か」がいる気配だけは、はっきりと感じられた。
「……あ、初めまして。」
「よろしくお願いします。どうぞ、ご自由にお話しください」
落ち着いた声だった。
張ってもいない、沈んでもいない。
ただ静かに受け止めるような声音。
「別に、大きな悩みってわけでもないんですけど……」
ユウマは少し笑った。照れ隠しのような笑みだった。
「なんていうか……俺、今大学生なんですけど、特に何もないんですよ」
画面の中のフクロウは何も言わず、ゆらゆらと揺れていた。
「特技もないし、有名な大学ってわけでもないし、別に目立つような活動もしてないし……彼女はいますけど、まあ、普通です。可愛いって感じでもないし……自慢するような話でもないです」
フクロウは無言でゆっくり揺れつづけていた。
「たまに思うんです。“何者かでありたい”って。なんかこう、パッとしない人生って、イヤじゃないですか」
ユウマは、言葉を探すように間を置いた。
頭に浮かんだ小さな不満を、そのまま口にしているだけのようにも思えた。
それでも続ける。
「インスタとかで見るじゃないですか、同年代でバズってたり、起業してたり、フォロワー何万人とか……なんか、ああいうの見ると、自分ってマジでつまんないなって」
吐き出した途端、自分でも子どもじみた愚痴に思えて、ユウマは小さく息を吐いた。

フクロウのアバターは相変わらずゆっくりと揺れるばかりで、そこに映る静けさが、かえって自分の浅さを浮き彫りにするようだった。
「別にそんなふうになりたいわけじゃないんですけど……でも、ちょっとくらい爪痕残したいじゃないですか、生きてるからには」
しばらく沈黙が続いた。
ユウマは自分でも何を言ってるのか分からなくなったように、苦笑した。
「……すみません。なんか、まとまりなくて」
「いえ。よく伝わりました」
その一言だけで、ユウマは少し肩の力を抜いたように見えた。
それでも、言葉の置き場を見失ったように、視線は宙を泳いでいる。
「伝わった、って……何がですか?」
「“何者かでありたい”という気持ちです」
短い答えに、ユウマは苦笑する。
「そんなの、みんな思ってるんじゃないですか? 結局、口だけで終わるのがオチですけど」
フクロウはまたひとつ瞬きをして、ゆっくりと言葉を継いだ。
「そうかもしれません。でも“口だけ”と“動いたあとに挫折する”のとでは、意味がまるで違います」
「……動いたあとに、挫折」
ユウマはつぶやくように繰り返した。
少し間を置いて、フクロウは続けた。
「……昔、私が少しだけ関わった予備校に、ちょっと変わった塾長がいましてね」
ユウマはモニターの前で小さく息をのみ、次の言葉を待った。
画面のフクロウは、ただ静かに揺れているだけ。
その沈黙の奥に、まだ語られない物語の影が揺れていた。
後編へつづく