第18話:「何者か」になりたい(前編)

Zoomの接続が完了するまでの3秒。
緊張のためか、こころなしか長く感じた。

三浦悠真(みうらゆうま)は、カメラの前で肩の力を抜くように息を吐いた。

画面に現れたのは、フクロウのアバター。“W.Navi”。
瞬きと揺れを繰り返すだけのアニメーション。
それでも、そこに「誰か」がいる気配だけは、はっきりと感じられた。

「……あ、初めまして。」

「よろしくお願いします。どうぞ、ご自由にお話しください」

落ち着いた声だった。
張ってもいない、沈んでもいない。
ただ静かに受け止めるような声音。

「別に、大きな悩みってわけでもないんですけど……」

ユウマは少し笑った。照れ隠しのような笑みだった。

「なんていうか……俺、今大学生なんですけど、特に何もないんですよ」

画面の中のフクロウは何も言わず、ゆらゆらと揺れていた。

「特技もないし、有名な大学ってわけでもないし、別に目立つような活動もしてないし……彼女はいますけど、まあ、普通です。可愛いって感じでもないし……自慢するような話でもないです」

フクロウは無言でゆっくり揺れつづけていた。

「たまに思うんです。“何者かでありたい”って。なんかこう、パッとしない人生って、イヤじゃないですか」

ユウマは、言葉を探すように間を置いた。

頭に浮かんだ小さな不満を、そのまま口にしているだけのようにも思えた。
それでも続ける。

「インスタとかで見るじゃないですか、同年代でバズってたり、起業してたり、フォロワー何万人とか……なんか、ああいうの見ると、自分ってマジでつまんないなって」

吐き出した途端、自分でも子どもじみた愚痴に思えて、ユウマは小さく息を吐いた。

フクロウのアバターは相変わらずゆっくりと揺れるばかりで、そこに映る静けさが、かえって自分の浅さを浮き彫りにするようだった。

「別にそんなふうになりたいわけじゃないんですけど……でも、ちょっとくらい爪痕残したいじゃないですか、生きてるからには」

しばらく沈黙が続いた。

ユウマは自分でも何を言ってるのか分からなくなったように、苦笑した。

「……すみません。なんか、まとまりなくて」

「いえ。よく伝わりました」

その一言だけで、ユウマは少し肩の力を抜いたように見えた。
それでも、言葉の置き場を見失ったように、視線は宙を泳いでいる。

「伝わった、って……何がですか?」

「“何者かでありたい”という気持ちです」

短い答えに、ユウマは苦笑する。

「そんなの、みんな思ってるんじゃないですか? 結局、口だけで終わるのがオチですけど」

フクロウはまたひとつ瞬きをして、ゆっくりと言葉を継いだ。

「そうかもしれません。でも“口だけ”と“動いたあとに挫折する”のとでは、意味がまるで違います」

「……動いたあとに、挫折」

ユウマはつぶやくように繰り返した。

少し間を置いて、フクロウは続けた。

「……昔、私が少しだけ関わった予備校に、ちょっと変わった塾長がいましてね」

ユウマはモニターの前で小さく息をのみ、次の言葉を待った。

画面のフクロウは、ただ静かに揺れているだけ。

その沈黙の奥に、まだ語られない物語の影が揺れていた。

後編へつづく