第18話からのつづき
「……昔、私が少しだけ関わった予備校に、ちょっと変わった塾長がいましてね」
ユウマがモニターの向こうで、少しだけ眉を上げる。
「その人は……若い女性にモテたい。男からはスゴいと言われたい。生徒からは尊敬されたい。飲み屋では金持ちだと賞賛されたい。……あらゆる“承認”を集めることに執着していた人でした」
W.Naviの声には、どこか遠くを見るような響きがあった。
「結局、無理がたたって、その予備校ではいろいろあって自爆しました。その後、もっと高級な医学部専門の予備校に移ったそうですが……そこでも肩書きに溺れて、再び自爆したと“聞いています”」
ユウマの脳裏に、ふとあのニュースの映像がよぎった。
「俺は何も悪くない!」と叫ぶ男の姿、SNSで茶化されて流れてきたおでんラップやケンブリッジ総長のパロディ動画。
もしかして、その“ネタにされていた人物”のことを、この人は話しているのか?
ユウマは目を細め、次の言葉を聞き逃すまいと画面に身を寄せた。
「でも、一つだけ、私は彼に敬意を払っている部分があります」
ニュースやSNSで茶化されていた「あの騒動」の人物が、いま目の前の会話に結びついていく。
けれど、あんなオッサンに「敬意」?
ユウマは思わず眉をひそめ、続きを聞かずにはいられなかった。
「その人は、承認欲求を原動力にして、実際に“動いていた”。方向が間違っていても、めちゃくちゃでも、それでも彼は動いた。人を動かそうとし、自分も動いた。それは事実です」
ユウマは身じろぎもせず、モニターに映るフクロウの口から次にどんな言葉がこぼれるのかを、じっと待った。
「あなたとその人の違いは、ただひとつ。“動いたかどうか”だけです」
声は柔らかかったが、その声の奥には、不思議な説得力が宿っていた。
ユウマは胸の奥を探るようにして、小さくうなずいた。
「もちろん、誰もが努力しなければいけないわけではありません。無理に夢を持てとか、目立てとか、そういう話ではないんです」
画面のフクロウが瞬きをするたび、言葉が胸に染みていく。
「でも、もし“注目されたい”“誰かに見られたい”と思うのなら。それは、“動いた人”にだけ与えられるご褒美のようなものなんです」
ユウマはしばらく黙っていたが、やがて小さく口を開いた。
「……何か、やってみます。とりあえず、できることから」
その顔には、ほんのわずかにだが、迷いよりも決意の色が表れていた。
「……“爪痕”より、“足あと”の方が残るものです」
その一言を残してZoomが切れ、フクロウのアバターが静かにフェードアウトする。
和波知良(わなみともかず)の部屋。
静かな光に包まれた空間に、今日もまた一人分の紅茶と焼き菓子が並んでいる。
アールグレイの香り。フィナンシェをひと口。
ふと、あの春、ゆっくりと背を向け、もう二度と振り返らなかった教え子の姿がよぎる。
スマートフォンには何の通知もない。
和波は、画面をちらりと見て、すぐに視線を戻した。
紅茶の湯気が、ゆっくりと空気に溶けていった。
第20話へつづく