第20話からのつづき
「……逆に、それを突き詰めればいいんじゃないですか?」
「へっ!? 突き詰めるって、何を……?」
Zoom越しに、満月とクリスタルが輝く幻想的な背景を背にしたニッポリ研二が目を丸くする。
「つまり、あなたが本気で“それ”を信じているのなら、それこそを軸にすればいいんじゃないかということです」
「“それこそ”……つまり、波動ですか?」
「ええ、月のパワーもドラゴンエネルギーも。“オカルト野郎”と揶揄されるほどの信念があるなら、むしろ、そこにこそあなたの武器があるんじゃないですか?」
「……でも、僕のメルマガ……反応薄いし、プレジデントも“読むのやめた”って……。サギヤには“水星逆行してんのはお前の人生だろ”って言われてますし……」
「それでも、信じているなら書くべきです。万人に伝える必要はありません。大切なのは、“わかる人”に届くことです」
ニッポリが黙る。
「大多数にとっては怪しく見えるかもしれませんが、逆に、だからこそ熱烈に響く人もいる。そんな受験生が一人でもいれば、その子はあなたのファンになって、あなたの言うことをちゃんと聞いて、勉強して、合格するかもしれない」
「……でも、そんなピンポイントな相手、どこにいるんですかね……」
「それを探す場所、つまり無料でテストマーケティングをできる場所が、今あなたが働いている“STX”なんじゃないですか?」
ニッポリの表情が少し動いた。
「……テスト……マーケティング……?」
「あなたの発信は、STXというプラットフォームの中で“試す”ことができる。給料をもらいながら、自分のコンテンツを実験できるんです。広告費ゼロ、失敗してもクビにはならない。しかも結果が出たら、あなたの価値はむしろ上がる」
ニッポリの目が一気に見開かれた。
「……そっか……僕、ずっと“本気”になりきれてなかったのかも。プレジデントの顔色気にしたり、サギヤの皮肉にビクついたり……でも、これ、実はすごいチャンスだったんだ!」
「そうです。むしろ、その“本気”を、今この場所で試すべきです」
「そして……もし、その“波動メソッド”で本当に合格者が出たら……!」
「その時は、独立も視野に入れてみたらどうですか」
「独立!? ……僕が、塾長に!?」
「信者を10人集めれば、小さくても“塾”です。コアなファンだけで成り立つ世界もあります」
「うわぁ……やばい……なんか急に景色が変わって見えてきた……!STXはテストマーケティング、そして僕は開発者……! “プレジデント”に文句言われても、“これは社内実験です!”って言えばいいんだ! 場所は……やっぱり日暮里かなぁ……いや、西日暮里も捨てがたいな……駅近がいいですよね! “知る人ぞ知るマニアック塾”……やばい、夢広がってきた……!」
「……せっかちですねぇ」
Wの声に、ニッポリは照れ笑いを浮かべた。
やがてZoomが終了し、フクロウのアバターが静かに消える。
PCの電源を落としながら和波の脳裏をかすめたのは、あの春のシーンだった。
最後まで「夢なんてない」と言い切ったまま教室を去っていった教え子の姿。
さっきの熱に浮かされたニッポリの言葉を思い出しながら、ワナミはその生徒も今どこかで目標を見つけているだろうかと、ほんの一瞬だけ思った。
今もあのまま、立ち止まっているのだろうか。
胸の奥にわずかな痛みが走ったが、すぐに息を整える。
少なくとも今日、目を輝かせて夢を語った男がいた。
彼はスマートフォンに届いた通知を確認することもなく、視線を逸らした。
冷えかけたエクレアをひとくち。チョコレートが口の中でゆっくりと溶けていく。
第22話へつづく