Zoom越しの画面には、どこか疲れた様子の女性が映っていた。
背後には、整頓された本棚と、子ども向けの参考書が無造作に積まれている。
「こんにちは。今日は、すみません……ちょっとだけ、相談させてください」
箕浦秀美(みのうらひでみ)。
主婦。
中学生の一人娘の母でもある。
声は明るさを保っているが、その奥に迷いが滲んでいた。
Wのフクロウアバターはゆっくりと揺れている。
その揺れを見つめながら、彼女はぽつりぽつりと語り出した。
「今、中3の娘の塾を探してるんですけど……どこも、いいことしか書いてないんですよ。パンフレットも、Webサイトも、説明会も……」
画面越しのその揺れに、自分の問いが飲み込まれていくような錯覚を覚えた。
「口コミも見ました。いろんなサイトを回って。けれどママ友の大学生の息子が、“グルメサイトの高評価アルバイト”をしてたって聞いて。塾も同じようなことやってるのかなって……疑心暗鬼になってしまって」
「サクラ」の書き込みがネット上で横行している。
このことを知って以来、ヒデミは何を信じて良いのか分からなくなってきていた。
表情には、確信と不信が混在していた。
一歩一歩、情報を積み重ねたはずが、いつの間にか“確からしさ”の渦に巻き込まれていたのだ。
「あと、合格実績。アレも本当のところ、どう見たらいいんですかね? Sクラスの子ばっかりが受かってて、ほかの子は……って話を聞きますし。合格したら取材に協力してくれたら学費免除、っていう話もあるみたいで。だからパンフレットの声って、本当の意味で“生の声”なのかどうか、疑わしくって……」
塾が出している「合格率」にも、ヒデミは疑いの目を向けていた。
「Sクラスの特待生ばっかり合格して、それ以外の子は、あまり合格していないって話も聞くんです。あと、予備校って『追いかけ調査』というのもしてるんですよね? 模試だけ受けた生徒宅に春頃に電話をして、どこに受かったか聞いて、それを“うちの実績”って出しちゃうとか」
そして、彼女がため息混じりに語るのは、「放置プレイ」の現場だった。
「“親身な指導”ってうたっていた塾に入れたのに、全然フォローもなかったっていうママ友も多くて。もちろん全員がそうじゃないとは思いますけど。それと講師の質も教科ごとに当たり外れがあるというか……」
Zoomの画面では、Wはただ静かに揺れている。
ヒデミは、それに促されるように言葉を続けた。
「娘は塾に行きたがってます。家じゃ集中できないみたいで。友達とも切磋琢磨できる場が欲しいって。でも……ほら、駅前の“ビデオ塾”とか、“計画表作って終わり”みたいな塾もあるようですし」
ヒデミが見学に訪問した塾には、銭湯の番台みたいなおばちゃんが座ってて、ただ映像見せられて終わりという印象の塾や、「月10万円払って“計画表をくれるだけ”の参考書+自習室のようなところもあったのだ。
「そういうスタイルのところは、ちょっと腑に落ちなくて……。そういうとこに通わせるのは不安で……」
「不安」という言葉を口にしたとき、ヒデミは少しだけ下を向いた。
Wのアバターは、変わらず静かに揺れている。
「スタッフの“熱意”や“相性”が大事なのはわかるんです。でも、実際見学に行っても、みんな愛想よくしてるし、どこも同じように見えてしまって……。もう、何を基準に選べばいいのか、本当にわからなくて」
ヒデミは大きくため息をつく。
「塾の選び方、何を信じればいいのか……正直、もうわからなくなってしまいました。どこも、悪いことは書かないし。良い話の“裏”ばかりが気になって、余計に不安になるんです」
吐き出すように、そう締めくくったとき、Wは初めてゆっくりと口を開いた。
「ミノウラさん。ご主人、不動産関係のお仕事でしたよね?」
一瞬、言葉を飲み込むように、ヒデミは画面を見つめ返した。
後編につづく