Zoomの画面に現れたのは、まだ10代の面影を残す男子大学生だった。
少し猫背気味に椅子にもたれ、落ち着かない視線が画面の向こう側を泳いでいる。
「こんにちは、初めまして。神奈川大学の1年生です。ちょっとヘンな相談かもしれないんですけど……」
Wのフクロウアバターは、いつもと同じ速度で、静かに揺れていた。
そのゆらめきに促されるように、彼は語り始めた。
「僕……地震とか災害の予言って、ついつい見ちゃうんですよ。YouTubeで“東京湾直下型地震”とか“巨大津波で首都壊滅”とか、そういう動画。特に最近は、来月に東京湾に大津波が来るっていう予言が流行ってて、関連動画が大量に出てきて……もう、そればっかりがおすすめに出てくるんです」
彼の声には、どこか恥ずかしさと焦りが入り混じっていた。
「見ちゃダメって思うんですけど、でも“見とかなきゃ”って気持ちもあって……で、見たら、やっぱり不安になるんですよね。寝つきが悪くなったり、夢でも波が来たり……。過去にもこういうの、何度もあって。千葉に大津波が来るとか、富士山が噴火するとか……信じて、非常食とか水とか、買い込んだこともあります。で、結局何も起きなくて。バカみたいなんですけど……」
彼はそこで言葉を切った。
Wは、ただ静かにフクロウのアバターを揺らし続けていた。
「いや、僕だって分かってるんです。そういうのが“煽りビジネス”だってこと。霊能者とか未来人とか、そういう設定の人が言ったことを元にして、誰かが動画作って、再生数で稼いでるだけだって」
彼の声に、少し熱がこもった。
「この前なんかもそうです。4月の5日だったか10日だったか、沖縄のユタの人が“東京に大地震が来る”って予言してたって動画が大量に出て。で、結局、何も起きなかった。その予言日が過ぎたら、当たらなかった動画はしれっと消されてて……もう“作っては消し、作っては消し”の繰り返し。分かってるんです、あれって、自転車操業の煽りビジネスなんですよね。どうせ、毎月予言してたら、いつかはたまたま当たるし、“そのときの動画だけ残せば勝ち”みたいな……」
彼は情報の構造も、アルゴリズムの性質もすでに把握している。
それでも、という言葉が、喉の奥に引っかかっているようだった。
「……分かっていても、なんか不安になるんです。動画を見たあと、街を歩いてると、電信柱のグラつきとか、高架の構造とか、急に気になってきて……“今ここで地震が来たらどうなるか”って、考えちゃうんです」
「予言はウソ。煽り動画。でも、じゃあ“本当に来ない”って断言できるのか?って思うと、そこが怖いんですよね。僕、考えすぎですかね?」
Wのアバターは、静かに瞬きをした。
「友達には、なかなかこういう話できなくて。地震の話ばっかりしてると、“おまえ心配しすぎ”って言われるし、でも家族に話しても、“そんなの気にするな”で終わっちゃって……。自分でも、もうどうすればいいのか、わからなくて」
ふと、彼の表情が曇った。
「さっきも言いましたけど、僕はわかってるんです。“当たらない前提の商売”だってこと。でも……それでも、不安になるんですよ。なんでなんですかね? もう、病気なんですかね……?」
静寂が数秒流れた。
そのあとで、Wが口を開いた。
「あなたは、不安がないと不安になるタイプかもしれませんね」
彼は一瞬、きょとんとした。
「不安が……ないと、不安?」
フクロウのアバターは、ゆっくりと頷いた、ように見えた。
「そういう人、けっこう多いんですよ。不安を“趣味”にしているわけじゃない。でも、不安が“習慣”になっているんです」
画面越しに、彼の目が少しだけ見開かれた。
後編につづく