それから半年。
タクミは教育業界から忽然と姿をくらましていた。
関東学力増進機構(カンゾウ)での傍若無人な日々も、高級天ぷらの香りも、女子大生マオの甘え声も──今はすべて、過去の残り香だった。
だが、タクミは死んではいなかった。
ただ、静かに“再起のタイミング”を窺っていた…。
舞台は変わる。
高層ビルが林立する都心の一等地。
その中にそびえ立つタワービルの、37階。
そこにあるのは、医学部専門予備校──その名も「メディカルデラックス」。
ここは、富裕層の親たちがこぞって子を通わせる超高額予備校だった。
通称メディデラ。
年間の学費は最低でも800万円。
夏期講習や合宿、個別トレーニングを含めると、年間2,000〜3,000万円にまで膨れ上がることもザラ。
政治家の娘、開業医の息子、財閥の孫──
“金の匂い”がビル全体に染みついているような空間だった。
そして、その匂いを──
誰よりも敏感に嗅ぎ取っていた男がいた。
メディカルデラックスの応接室に現れたのは、かつて「カンゾウの帝王」と呼ばれた、あの男だった。
履歴書には、しれっとこう書かれていた。
ケンブリッジ大学 医学部主席卒業
面接官が笑いながら聞く。
「……これ、事実なんですか?」
「ええ。まさか疑ってらっしゃる?」
タクミは微笑みながら、しかし「圧」のある太い声で返す。
「ちなみに、御社のような規模の予備校であれば、半年で50人は増やせます。やり方はあります」
その言葉は誇張ではなかった。
最初は営業スタッフ(非常勤)という扱いだったタクミ。
だが、彼の口から飛び出す営業トークは、もはや“詐術”に近かった。
「ケンブリッジ主席の私が、直接ご子息を診断」
「当塾の合格率は98%(※当社調べ)」
「学費が高い? 医者になる覚悟の証です」
ホームページには彼の顔写真が掲載され、チラシには彼の顔写真が印刷され、人気ユーチューバーを使い、結果、個別相談会には保護者たちが列を成した。
結果、半年で本当に50名以上の新入生を獲得。
年額最低800万円の入学が相次ぎ、塾の売上は跳ね上がった。
軽く4億超えである。
経営陣は震えた。
カンゾウでの悪評も耳には入っていたが、それ以上に“金が動いた”のだ。
「……島田先生。メディカルデラックスの“名誉総長”という肩書き、ぜひお受けいただけませんか?」
そう言ったのは、社長のカトウだった。
教務部長のエゾエも、最初は懐疑的だったが、この売上を見せられては、何も言えなかった。
名誉総長──。
その四文字に、タクミの心は小さく躍った。
再び頂点に立ったのだ。
かつてのカンゾウでの栄光が、今また蘇る。
「これからは、医者の時代なんですよ。その医者を“生産”するのが我々だ。──どうです? 最高じゃないですか」
新たな帝国「メディデラ」。
そこに、タクミは“帰って”きた。
だが、腐った出汁で作った味噌汁は、いくら具を足しても、やがて臭う。
新しい看板の下で、またしても──
虚像の王国が静かに膨らみ始めていた。