第7話:おでんギャグとキャバ手品

「名誉総長って、なんか響きがいいだろ? 総長ってだけで強そうなのに、さらに名誉までついてんだからな。最強だよ」

居酒屋のテーブルでタクミは、いつものように自慢げに言った。

誰も聞いていなかったが、タクミは気にしない。
この肩書に、彼はとにかく酔っていた。

再就職からわずか半年。

50人超の新規入塾者を呼び込み、名誉総長の称号まで獲得したタクミは、再び夜の街で“王様”に返り咲いていた。

歌舞伎町では、ちょっと名の知れたキャバクラを“俺のホーム”と称し、常連ぶっては、新人キャストに自ら名刺を差し出す。

「しがない総長です。半年でここまで成り上がりました!」と。

名刺には「島田巧 メディカルデラックス 名誉総長」の文字。
肩書きが光るゴールドの箔押しだった。

「ケンブリッジ主席ですからね、僕。心理学と医学、両方のエリートなんですよ」

自分で“エリート”と言ってしまうスタイル。
しかも、それを誇らしげに言い切るのが、タクミ流である。

だが、酒が回るとテンションが変わる。

「おでんです!」

タクミは、割り箸に千円札を挟んだものを、周囲の客席に配り歩くのだ。

「これ、おでんのちくわです。熱々なんで気をつけてくださいね〜」

「こっちは大根!味が染みてますよ〜」

もちろん、誰も理解できない。
だが本人は本気だ。

「おでんギャグ」は、タクミが長年あたためてきた「芸」のつもりだった。

周囲が凍りつく中、キャバ嬢たちは営業スマイルで「え〜面白〜い!」と応じる。
タクミはその反応に大満足していた。

さらに、もうひとつの十八番がある。

「じゃあ今から、奇跡を起こしますね」

そう言って、500円玉を片手に手品を始める。
どこにでもある“手の甲に置いて消える”マジックだ。

それを大げさに披露しては、「これ、ケンブリッジでは“神の手”って呼ばれてたんです」と胸を張る。

キャバ嬢たちは笑顔で「すご〜い!」「マジで神!」と拍手をするが、それはあくまで“接客用の反応”だった。

タクミだけが、それを本気で信じている。

「やっぱりオレの芸はウケるなぁ」と、得意げに何度も同じ芸を繰り返す。

周囲の空気に気づかず、ひとりだけ盛り上がる“裸の王様”だった。

ある晩のことだった。

高田馬場の駅前にある、学生たちで賑わう大衆居酒屋。
焼き鳥の煙と青春の匂いが混ざったようなその空間に、タクミはふらりと現れた。

ふと、隣のテーブルにいた女子グループが目に入る。

服装からして専門学生風だ。
財布の中身を気にしながら、チューハイを飲んでいる様子がいかにも“貧乏くさい”。

そういう“層”に、タクミは目がない。
店員を呼び、声をかける。

「向こうの席にドリンクと、おでん(※千円札入り割り箸)持ってって!俺の奢りや!」

女子たちが声をあげる。

「わー、ありがとうございます!」

その瞬間、タクミの決め台詞が炸裂する。

「わりと金なら持ってるタイプです!」

女子たちは拍手と歓声。
「すご〜い!」「マジで神!」と盛り上がる。

だが、そんな様子を、店の隅のカウンター席から、静かに観察している男たちがいた。

スーツ姿の、強面の中年たち。
刺青こそ見えないが、どこか“プロ”の香りがする連中。

タクミの「わりと金なら持ってるタイプです!」は、歌舞伎町や中野・高円寺など、あちこちで繰り返されていた。

当然、噂にもなる。

「最近あのおっさん、やたらと羽振りいいらしい」

「しかも名誉総長?なにそれ、詐欺じゃね?」

「1回話つけてみるか?」

そんな空気の中、ある詐欺グループがタクミに接触してくる。

「先生、“串カツ屋”ってご存じですか? 今、関西からブームが来そうなんでね、東京に出せば絶対に儲かるんです」

「へぇ〜、それは面白そうだな。俺、食い物の味にはうるさいんだよね」

「先生、出資は700万で結構です。場所は新宿三丁目の好立地。これは確実に回収できます」

──タクミは、翌日、同じ居酒屋で700万円を渡した。

その後、連絡が取れなくなった。

「まあ……俺が“金持ってるタイプ”だから、狙われたんだろうな」

悔しさすら笑いに変えて、タクミはまた夜の街に消えていった。

だが、その背中はどこか疲れていた。

第8話へつづく