関東学力増進機構──通称「カンゾウ」の総務室では、ある一人の職員がパソコンの前でうなだれていた。
東山(ひがしやま)だ。
数日前に行われた「担任職」の採用面接。その結果を報告するため、彼は塾長室のドアをノックした。
「失礼します。面接結果の件で……」
塾長室では、島田タクミが椅子にもたれ、缶コーヒーを手にしながらラーメン店のホームページを見ていた。
「うん、どやったんや?」
「はい、今回の応募者、三名とも……不採用としました」
タクミの手が止まる。
「……全部、落とした?」
「はい……」
沈黙。
タクミはゆっくりと椅子から体を起こし、机に置かれた履歴書の束から一枚を引き抜いた。
「これ。電機メーカーの倒産で応募してきた男やろ? なんで不採用にしたんか?」
「ええ……その……学歴とかは立派でしたが、ちょっと覇気がないというか……生徒ウケが悪そうでして……」
タクミの目が細くなる。
「ふぅん……“生徒ウケ”が悪そう、ねぇ……」
ヒガシヤマは気づかない。タクミの手にある缶コーヒーが、音もなく微かに傾いたことに。
「……なので……今回は“ちょっと違うかな”と……」
その瞬間だった。
ブーーーーーーーーーッ!!!
タクミの口から、勢いよく噴き出した缶コーヒーが、スプリンクラーのごとく東山の顔面に直撃。
「わっ、あああっ!しょっぱ……つめっ……」
顔面を押さえて仰け反るヒガシヤマをよそに、タクミの怒声が炸裂した。
「お前が“ちょっと違う”わ!!何が“生徒ウケ”や!!」
「え、でも……」
「アホか!募集してんのは“講師”やない、“担任”や!!授業せえへん役職に“生徒ウケ”求めてどないすんねん!!」
タクミは机をバーンと叩く。
「見てみぃ、このカデノコウジいう男、国立大出てメーカーでプロジェクトマネージャーやっとったんやぞ?サプライチェーン、品質保証、進捗管理!それを予備校で活かそうとしとんねん!!」
「でも、予備校は教育の現場なので……」
「教育ちゃうわ、“管理”や!担任はコーチや!講師ちゃう!授業するんやない!見守る、支える、スケジュールを整える、それが仕事や!」
「……」
「“覇気がない”ってなんやねん。お前の目に覇気なんか宿っとんのか? お前が落としたんは“即戦力”や。こういう地味やけど芯のある人間が、実はいっちゃん大事なんや!」
ヒガシヤマは顔面コーヒーまみれのまま、青ざめた顔で震えていた。
「今すぐ連絡せぇ。すぐに電話しろ。“どうしても来ていただきたい”って、土下座してでも口説き落とせ!」
「は、はいっ!」
ヒガシヤマが駆け出していったあと、タクミは再び缶コーヒーを口に運び──もう空っぽになった缶を見つめながら、呟いた。
「……戦力を見抜けん管理職に、管理職は務まらんのや」
──その数日後、カデノコウジ・ヤスオはカンゾウにやって来た。
落ち着いた物腰で、生徒一人ひとりの進捗を丁寧に記録し、遅れた生徒には個別面談で対応し、講師との連携も怠らなかった。
派手な言動は一切ない。
だが、信頼感があった。
その男こそ、のちに“あの”世界的ロックスター・白井リョウスケの受験期をサポートした名担任・勘解由小路康夫(かでのこうじやすお)である。
第5話へつづく