第5話:コンビニパンチ

夜10時すぎの歌舞伎町。
島田巧(しまだたくみ)は、ホストとキャバ嬢と外国人観光客でごった返す一角のコンビニに並んでいた。

店内は蒸すような熱気。
並ぶ客の列は、レジ前をくねくねと蛇行しながら冷蔵ケースまで延びている。

「クソ……なんでこんなに混んどるんじゃ……」

ラガーシャツの胸ポケットにはタバコの空箱。
最後の一本を吸い終えたばかりで、タクミはイライラしていた。

このあと「Le Rêve」のルナちゃんに会う予定なのに、時間が押している。

ようやく、前の客の会計──かと思った瞬間だった。

「ちょっとちょっと! さっきの会計、金額違ってるだろ! バーコードの打ち間違いだよ!」

並んでいた30代後半とおぼしき男が、レジの外国人店員に詰め寄っていた。

白いTシャツに黒いハーフパンツ、そして異様なほどネチネチした口調。

「お前、名札どこにあんの? “リ・ジュンホ”? ふざけんな、日本人の店員出せ!」

罵声を浴びせながら、スマホを取り出して撮影を始めた。

「はい、撮った。SNSで拡散してやるからな。俺、結構フォロワーいるんで」

タクミはその横顔を見て、ふと目を細めた。

(……ん? こいつ……どっかで……)

眉をひそめたタクミの脳裏に、ピンク色のドレスとプルプルの涙袋が浮かんだ。

「ルナ……」

そう、彼は思い出した。

この男──ルナちゃんを指名し続けている、あの“邪魔者”だ。

スイッチが入った。

「おーい、リ・ジュンホくんや、横の棚に“おでん”のスープこぼれとるで。滑って転ぶ人出たら危ないで、拭いとき」

外国人店員が慌ててモップを取りに奥へ引っ込んだ。

その隙に、タクミはスマホを取り出して、男にカメラを向けた。

カシャ。
カシャ。

「……なんだ、お前?」

「いやいや、証拠撮っとるだけや。あんさんのその言動──業務妨害と恐喝や。コンビニバイト相手に“誠意を見せろ”とか、どこの時代劇やねん」

「テメェ……誰に口きいとんじゃコラ!」

カスハラ男が吠えた。

「オレな、空手三段やぞ。なんなら外で一発いっとくか?」

(マズイ……)

タクミは一瞬だけ冷静になる。

相手は本気でキレている。
逃げるか……そう思った瞬間だった。

「上等じゃコラァ!!」

…口が勝手に動いていた。

タクミが勢いよく一歩踏み出した、そのときだった。
床のおでんスープの上に足を滑らせた。

「うわっ!」

そしてその体勢のまま、右ストレートのような角度で前のめりの体制となり、
バコォン!!!
タクミの拳が、カスハラ男の鼻にクリティカルヒット。

「あ……あだだだだ……っっっ!!」

カスハラ男が鼻を押さえて崩れ落ちる。

店内が静まり返る。

その静寂を破ったのは、若い女性の声だった。

「すごっ! 今の、完全に入ったね!」

「見た? あのパンチ、バチン!って……!!」

「やば、録画してたわ。TikTokに上げていい?」

気づけば、スマホを構える若者たちの群れ。

タクミはしばらく黙って、倒れた男の横で仁王立ちになっていた。

そして、ふぅとため息をついたあと、ラガーシャツの袖でおでんスープの飛沫を拭った。

「滑っただけやけどな……」

その顔には、どこか達成感のような笑みが浮かんでいた。

第6話へつづく