第25話:自分を殺す勇気(前編)

Zoomの接続音が鳴り、画面に小さなウィンドウが開く。

そこに映ったのは、長い黒髪を一つにまとめた若い女性だった。
表情はどこか硬く、目の下にうっすらと疲れの影。

「……はじめまして。菊池由衣(きくちゆい)です」

声には張りがなく、それでも礼儀正しさを保っていた。
Wのフクロウアバターがゆっくりと揺れている。

「よろしくお願いします。どうぞ、ご自由にお話しください」

少しの沈黙のあと、由衣は息を吸った。

「映画の専門学校で、シナリオを勉強してるんです。でも最近……ちょっと、行き詰まってて」

「行き詰まり、ですか」

「はい。脚本を書くたびに、講師から“自己満足すぎる”って言われるんです。“自分の世界に酔ってるだけ”とか、“読者が置いてけぼりだ”とか……」

ユイは笑ってみせたが、その笑いにはどこか痛みが混じっていた。

「でも、どう直せばいいか分からなくて。だって、私が本当に書きたいのは“自分の感じたこと”なんです。それを削ったら、何も残らない気がして」

フクロウは、まるで呼吸しているかのようにゆっくりと揺れている。

「たとえば、どんな作品を書かれているんですか?」

「えっと……恋愛ものです。昔、ちょっとだけ好きだった人がいて、その人とのことをモチーフにしてて。でも講師に“それはただの回想録だ”って言われて……」

ユイは、少しだけ唇を噛んだ。

「脚本って、“好きな人を振り向かせたい”とか、“伝えられなかった気持ちを形にしたい”とか、そういう動機でもいいと思うんです。でも、どうやら私はそれを“隠せてない”みたいで……」

Wのアバターは静かに揺れながら、ユイの言葉を最後まで聞いていた。
そして、短く息をつくように言葉を置いた。

「菊池さんは、“誰かに伝えたい”より、“自分を見せたい”が勝っているのかもしれませんね」

ユイの目がわずかに揺れた。

「……見せたい?」

「はい。たとえば、脚本の中で“自分が言いたかったセリフ”を、そのまま主人公に言わせていませんか?」

「……言わせてるかもしれません」

「そのセリフを削るのは、怖いですか?」

ユイは少し間を置いて、うつむいた。

「怖いです。だって、そこを削ったら、もう“私”がいなくなる気がして」

「なるほど」

Wのフクロウが小さくうなずいた、ように見えた。

「でも、もしかしたら――“あなた”がいなくなったとき、本当の“主人公”が生まれるのかもしれません」

ユイはその言葉に反応しかけたが、何も言えずに黙り込んだ。

Zoomの画面には、由衣のノートパソコンの青白い光が映っていた。

その中に、一行だけ書かれたタイトルが見える。

『君の声が消える前に』

「……あの」

ユイが口を開いた。

「どうしたら、いい脚本って書けるんでしょうか。講師は“削れ”って言うけど、どこをどう削ればいいのか分からないんです。削るたびに、空っぽになっていく気がして……」

Wは答えず、ただゆっくりと首を傾けた。
その無音の動作に、ユイは少しだけ落ち着いたように見えた。

しばらくの沈黙のあと、Wが静かに言った。

「菊池さん、“削る勇気”という言葉を聞いたことはありますか?」

「いえ……初めてです」

「創作において、“足す勇気”より“削る勇気”のほうが難しい。でも、作品が輝くのは、削ったあとに残った部分です」

ユイは、息を止めるように黙っていた。
“削る勇気”――その響きが、心の奥に静かに残った。

「次回、もう少し具体的に、その“削る”についてお話ししましょう」

Zoomの接続が切れる。
画面が暗転し、ユイの部屋の明かりがぼんやりと映る。

机の上のシナリオノートに、彼女はそっとペンを走らせた。
「削る勇気」とだけ書かれたメモが、白いページの中央で光っていた。

後編へつづく