四ツ谷・麹町付近にある週刊誌『週刊文潮』編集部。
記者のヤナギは、ここ最近伸びている“あるYouTubeチャンネル”に注目していた。
チャンネル名は『ハルカちゃんねる』──
登録者数はすでに5万人を超え、「トー横キッズ系から教育系へ移行しつつある新ジャンル」として話題だった。
「“トーヨコ出身の元受験生”って設定が面白いんだよなぁ。バズってるのは、たしかこれか……」
そう言って、再生したのは1本の動画。
《名誉総長と名乗るおじさんに出会った話》
──画面には、顔にモザイクがかかった中年男性。 名刺を差し出す映像。
そこには、確かにこう書かれていた。
『島田巧・メディカルデラックス 名誉総長』
ヤナギの目が光る。
「……島田、だと?」
すぐに検索をかける。
「島田巧」──元・関東学力増進機構(カンゾウ)の代表取締役で塾長。
数ヶ月前に「円満退任」と報じられたが、最近になってカンゾウ自体が倒産していた。
しかも──
「この男、今メディカルデラックスにいるのか?」
全国の予備校倒産記事を一覧していた経済班から、追加情報が入る。
「ヤナギさん、カンゾウが倒産した原因がちょっと変でさ。なんか帳簿の数字が荒れてんのよ」
「荒れてる?」
「“研修費”とか“外部講師謝礼”とか、“打ち合わせ費”の名目で、やたら飲食代と“視察旅行費”が出てる。あきらかにおかしい」
ヤナギの頭の中で、点と点が線になっていく。
・予備校カンゾウ、経営破綻の裏に“私的流用”
・元代表・島田は現在メディカルデラックスの“名誉総長”
・ケンブリッジ大学主席を名乗る詐称疑惑
・元教え子(ハルカ)による告発系YouTube動画の存在
「これ、いける!」
カンゾウ倒産の理由は、前塾長の横領。
その本人は、いま高額な医学部予備校で“総長”をやってる。
しかも、生徒の個人情報を売ってるって噂まである。
さらに、元教え子が動画で顔出し告発寸前。
──話が揃いすぎてるだろ。
編集長に話を持ち込むと、即座にOKが出た。
「やれ。久々に教育スキャンダルだ」
仮タイトルはこうだった。
【徹底追及】
“破廉恥ギャンブル教育者”名誉総長の闇
東大卒?ケンブリッジ主席?経歴詐称と横領の全貌
こうして『週刊文潮』は、極秘の取材を開始。
まず狙ったのは、メディカルデラックスの保護者説明会──
“名誉総長”自らが登壇するというイベントだった。
「子どもを“医学部に合格させる覚悟”を持ってる親にしか、うちの教育は合いません」
「ケンブリッジ医学部主席の私が見る限り──今、日本の教育は“覚悟”がない」
堂々とした口調で語る男の姿を、ヤナギはカメラに収めながら、心の中でつぶやいた。
「……言ったな、“ケンブリッジ主席”って」
それからの取材は早かった。
商業登記簿から過去の役員履歴を洗い、倒産したカンゾウの帳簿も入手した。
そして、ついに次号の表紙が決まった──
【独占スクープ】
“破廉恥ギャンブル教育者”名誉総長・島田巧の正体
経歴詐称・横領・女子大生・おでん芸…
その「金と女と嘘」に塗れた教育業界の闇!
そして週明け。
『週刊文潮』が全国発売された。
その日から、メディカルデラックスの玄関前には──
テレビ局、スポーツ紙、ネットメディア、週刊誌の記者が殺到。
「名誉総長は在室ですか!?」
「ケンブリッジ大学主席って本当ですか?」
「関東学力増進機構での横領疑惑について、コメントをお願いします!」
その映像はSNSで拡散され、
「#名誉総長」「#破廉恥ギャンブル教育者」がトレンド入り。
社内ではカトウ社長とエゾエ教務部長が青ざめながら対応に追われていた。
校舎に入れずに立ち尽くす生徒たち。
「帰ろう……」
「もうムリ……」
メディカルデラックスの電話は鳴り止まない。
「こんな予備校に通わせられません!」
「全額返金してください!」
メディデラの内部では、社長のカトウと教務部長のエゾエが、緊急会議を繰り返していた。
──そして数日後。
メディデラの総長室。
そこに、タクミは籠城していた。
名刺の束、USB、読みかけの『ビッグコミック』、そして、プレミアムおでんの試作品(割り箸+1万円札)が乱雑に転がる。
「……これは全部、妬みだ。俺は、何も悪くない……」
──タクミは、トイレを除けば、数日間、総長室から一歩も外に出れなかった。
そしてある夜。
意を決した彼は、変装してメディデラのビルを脱出し、ゴールデン街の小さなバーに腰を下ろした。
だが、そこにも──記者の影は迫っていた。
「島田タクミさんですね? なぜ逃げ回っているんですか?」
「東大もケンブリッジも嘘なんですか?」
「教え子と関係を持った件、どう説明します?」
怒号とフラッシュに囲まれ、タクミは叫んだ。
「俺は、何も悪くない!!」
──この“叫び”が、その夜のSNSをジャックする。
「#俺は何も悪くない」がトレンド1位。
「おでん総長ラップ」まで登場し、タクミは一夜にして“ネタ枠”と化した。
だが──
それでも、タクミには自覚がなかった。
「ちょっと騒がれてるだけだ。すぐ収まる」
その目には、まだ「帝国の終わり」が映っていなかった。
第10話へつづく