第6話:それは虚勢か、習性か

その夜のことは、今でもよく覚えてる。

フリーでふらっと入ってきたラガーシャツの中年男。
雰囲気は昭和丸出し。
声は倍音。香水は強め。
首には金のネックレスが鈍く光る。

なのに、手首には時計がなかった。
あれだけ「俺が、俺が」と前に出てくるタイプにしては珍しい。

「時計、しないんですか?」と軽く聞いたら、「おう、時間なんて、俺が決めるもんだからな」って返された。
あー、なるほどね。そういう系か。
この人の中では、世界は全部“自分発信”なんだ。

その男の名は、島田巧(しまだたくみ)。
高田馬場にある「カンゾウ」とかいう予備校の塾長、らしい。

名刺を見ると“代表取締役 塾長”と書いてあった。
自分で肩書きを二重にする人、初めて見た。
「代表」と「塾長」って同時に言いたいほど、自分で自分を立てないと落ち着かない人なんだろう。

初対面の印象はただ一つ。うるさい。
とにかく声がデカい。

居酒屋でもなくバーでもなく、女の子が横に座って接客するタイプの店で、あれだけのボリュームでしゃべる客も珍しい。

でも──私は観察者だ。
その「うるささ」の中に、何が隠れているのか。
“中身”をじっと覗き込むのが、私の仕事みたいなもんだ。

話を聞いていくうちにわかってきた。

この人は、自分が“大きな存在”だと思われていないと、不安になるタイプだ。

態度、言動、音量、仕草──
全てが“虚勢”としての拡張パック。

でも不思議なことに、それを本人が演技としてやってる自覚がないように見える。

たぶん昔は、意識的に“デカく”振る舞ってたんだろう。
でも演じ続けているうちに、その「デカっぷり」がデフォルトになった。
演技じゃなく、地になった。
裸の王様って、そうやって出来上がるんだな、って思った。

「今のガキってさ、意識高いクセにやたら迷ってんのよ。将来は国連で働きたいです〜とか言いながら、“で、お前どこの学部いくんだよ?”って聞くと、黙るからな」

「あいつら、“自分のやりたいこと”ってのを探しすぎなんだよ。“好きを仕事に”って、誰が流行らせたんだか……でもな、あれ、毒だよ、毒」

「最近のガキは“社会貢献したい”って言えば全部通ると思ってる。で、志望理由書に“医師になって地域医療を……”って書く。でも現実は、駅チカで年収2000万の求人しか見てないからな」

言ってることは意外と的を射てた。

この人、日々高校生を相手にしてるだけあって、若者の“進路心理”にはやたら詳しい。
なのに、その知識と外見のギャップがすごい。

ラガーシャツに金ネックレスで、偏差値の話してくる教育者、初めて見た。
見た目は「ビッグダディ」なのに、中身は「意識高い受験マーケター」。
最初は笑いそうになったけど、途中から、ちょっと興味が湧いてきた。だってこの人、見てて飽きない。

そしてもう一つ──

この人、小心者だ。
それを本人が一番知られたくないから、声をデカくしてる。

その証拠が、足元だった。
話しているとき、時折、膝から下が小刻みに上下していた。

キャバクラのテーブルって低いから、貧乏ゆすりがモロに見える。
でも、塾長室では机が大きくて、誰にも見えないんだろうな。

私はすぐにわかった。
この人、ちょっと緊張してる。

誰に? 私に?
それとも、自分が「誰かであり続けないと」っていうプレッシャーに?

なんにせよ、“見える部分”と“隠れてる部分”のギャップが大きい人って、観察しがいがある。
面白くなってきたな。

その日は、それだけで終わると思っていた。
でも、グラスを置いたとき、シマダが言った。

「ミサキ、お前……大学行く気はないのか?」

私は、すっと演技を乗せた声で答えた。

「え〜……あたし高卒なんで、勉強とかムリですぅ〜」

シマダはニヤリと笑った。

「半年でいい。俺が──大学生にしてやるよ」

……は?

唐突すぎて、笑いそうになった。
でも、笑わなかった。

代わりに私は、心の中で呟いた。

(なんだか、面白くなってきた)

第7話へつづく