「半年で、俺が大学生にしてやるよ」
島田タクミの口からそのセリフが出たとき、私はグラスを拭きながらこう思った。
(なんか、面白くなってきた)
*
私は決して自分から高卒と言い出したわけではない。
「高卒なんだってね」と言われたとき、「ええ、まあ」と返しただけだ。
それだけで男たちは安心する。
自分より“下”だと確信すると、みんな途端に饒舌になる。
女が「バカなフリ」をするのは、男が「賢いフリ」をして悦に入ってるのと、似たようなものだ。
その意味で、島田タクミは実に典型的な男だった。
──この女、育てりゃ化ける。
──受付に置けばパンフ映えする。
──大学生にしときゃ、堂々とメシに誘える。
彼の脳内で、私という存在は「中年男の欲望」や「哀しい見栄」のコラージュ素材として扱われていた。
それが可笑しくて、少し哀しくて、そしてとても興味深かった。
だから、乗ることにした。彼の描いた“感動ストーリー”に。
「半年で大学に入るバカな女」
──そのヒロイン役を、私が演じてあげる。
カンゾウという予備校の学費はタダにしてくれるようだし、大学受験料もシマダが負担してくれるそうだ。
さらに、今の大学卒業したら、また別な大学に行く、だから受験に専念すると親に言えば、面倒な就職活動もしなくて済む。
いいことづくめだ。
これに乗らない手はない。
*
指導はすぐに始まった。 まずは高卒認定。
「国語は都立高の過去問やっとけ。選択肢は“出題者の良心”が正解なんだよ」
そう言って得意げに赤ペンを握る。
「英語は中1からやればいい。あと社会は音読して細胞に刷り込め」
とにかく言葉のセンスが昭和だ。
問題は簡単すぎて、アクビが出そうになることだ。
少しやれば答えのパターンが読めてしまう。
でも私は、退屈を気取られないように感心した声で言った。
「へえ〜、そんな解き方あるんですねぇ〜」
ちゃんとアクビは噛み殺した。
馬鹿で素直な“高卒女子”という役を崩さないために。
「ミサキ、やっぱりお前、頭いいな」
「え〜、全然ですよぉ〜、私バカなんで〜」
タクミはそれを聞いてご満悦。
私の“成長”が彼の自尊心を膨らませていくのが、よくわかった。
その様子を見ながら、私は日々NOTEに非公開で記録をつけた。
“ザンネンな教育者”の研究ノート。
タイトルはまだ決まっていない。で
でも、いずれまとめて、連載にしてもいいかもしれない。
「答えはいつも、出題者の良心から始まるんだよ」
「高卒のくせに、よくここまで来たな。感動するわ」
「女の人生は、“学歴”って名の保険証だ」
彼の語録は、どれもこれも昭和のスナックのカウンターでしか聞けないような代物だった。
でも、私は演じ続けた。 馬鹿で、素直で、やる気があって、指導されるのが嬉しい“高卒女子”。
高卒というのは事実じゃないかもしれないが、島田タクミにとっては真実なのだ。
ただ、彼が見たい世界を、見せてあげているから。
*
タクミはもう、合格した後の妄想に浸っていた。
──この女、受付に置いたら映えるな。
──パンフレットの表紙にしてもいいかもしれない。
──焼肉は叙々苑か? いや、最初はおでん屋にしておくか。
──塾長権限でメシに誘う、週3で。
その妄想を聞かされる時間は退屈だけど、観察対象としては最高だった。
半年という期間も、ちょうどよかった。
それ以上はこっちの神経がもたない。
だから私は、演技を続けた。
第8話へつづく