第8話:感動の物語にしてあげた

初春の風は、乾いていて、少しだけ甘い。
受験会場へ向かう電車の中、私はスマホを握りながら、ふと思った。

(……なんか、私、主人公やってるな)

──半年で、バカな高卒女を大学生にしてやった。

島田タクミの脳内では、たぶん、そういう美談が書き上がってる。
私はそのシナリオに、台本通りの表情で乗ってあげているだけ。

問題は簡単だった。
現代文は本当に都立高の過去問レベル。
大学入試で中学3年生レベルのものもいかがなものかと思うが、その程度のレベルの受験生しか受けない大学なのだから仕方がない。
世界史は選択肢の“消しづらいやつ”を選べば正解。 あとは流れ作業。

(あーあ、つまんない)

正直な気持ちをアクビと一緒に飲み込んで、私はマークシートを塗りつぶしていった。

合格発表はウェブで確認した。

「──受かった」

声には出さなかった。

合格は、当然だった。

しかも、私は特待生で受かってる。
学費もタダ。

受験するから就活はしないと親にはあらかじめ伝えたが「特待で受かるなら」という条件付きで就活なしの自由行動は認められていた。

これで、私は晴れてこれからの4年間、自由の身だ。

その日は、カンゾウの塾長室に行くと決めていた。
タクミの脳内で完結してる“感動のクライマックス”に、花を添えてあげるために。

ドアを開けると、タクミが腕組みして待っていた。

「よう、“女子大生”」

「報告だけですよ。合格したんで、もうここには来ません」

私は静かに笑った。

「でも、ありがとうございました。“世界”ってやつ、ちょっと見てみたくなったから」

彼は一瞬、黙った。
でもそのあと、口を開いた。

「なあ……受付、やっぱりお前がいいと思ってたんだよな。制服もデザイン変えてさ、パンフレットも撮り直して……」

彼の脳内で、私はまだ“素材”として生きていた。

──この女、受付に置いたら映えるな。
──ミサキに会いたくて毎日自習室に通う童貞男子が増える。
──毎日通えば成績が上がって予備校の合格率もアップ
──名物受付嬢のいる予備校、話題性抜群

焼肉?
おでん?
勝手にして。
私はもう、あなたの物語から降ります。

私はカバンから、キャバクラ「不夜城」の名刺を取り出し、裏返して彼に渡した。

《このお店にも戻りません。今までありがとうございました。──黒岩美咲》

彼はしばらく黙って、それを見つめていた。

「……受付嬢に置く計画が、パーか」

私は何も言わず、部屋を出た。

(半年、私という物語に付き合ってくれてありがとう)

第9話へつづく