東京・丸の内の高層ビル群。その一角にある、ベイカー・コンサルティング・ファームのオフィスは、冷えすぎた空調と静謐な緊張感に包まれていた。
竹内大軌(たけうちだいき)28歳。
一橋大学経済学部を卒業して5年目。
いま彼は、平均年収1,200万円とも言われるこのファームで、激務に身を置いていた。
「それってさ、本当にマッ…いや、ベイカーに入ったの?」
大学時代の友人からのLINEには、どこか信じられないという色が滲んでいた。
たしかに、ダイキの就活は順風満帆というわけではなかった。
学歴こそ一流だったが、特段華やかなキャリア志向があったわけでもない。
だが、たまたま大学3年のときに受けた外資コンサルのケース面接での手応えと、「ここならロジックで勝負できる」という感覚が、彼をこの道に引き込んだ。
入社初日。
ガラス張りの会議室で、同期が一様に緊張した面持ちで着席していた。
その場にいたリーダーが、にやりと笑って言った。
「ようこそ、地獄へ。けど、ここの地獄を生き延びたら、どこへ行っても通用するぞ」
地獄。
たしかに、その言葉は嘘ではなかった。
プロジェクトは息をつく暇もない。
企業再編、M&A、業務改革、システム導入――業界も課題も毎週変わる。
週末の予定は、金曜の午後5時までは白紙。タスクが落ち着けば飲みに行けるし、炎上すれば日曜夜まで缶詰。
だが、ダイキは思っていた。
(……俺には、この環境が合っているかもしれない)
ロジックで物事を詰め、仮説を立て、裏を取り、現場を動かす。
高校時代は世界史オタクだったが、大学に入ってからは経済とデータに惹かれた。
そして、今は「人を動かす仕組み」を設計している。
社会の大きな歯車に直接手をかけている。そう実感できる仕事だった。
実家の親からも「立派になったなあ」と言われた。
親戚の法事では、ダイキの名刺を回し読みされたこともある。
女友達との合コンでは、「えっ、ベイカー?すごっ」と言われることもあった。
ジャズ好きの友人からは、「いいねぇ。俺チェット・ベイカー好きよ。自滅人生、奈落の底でしか見えないものを見てしまった男の音は格別だよな!」と意味不明なことを言われたりもした。
だが、ダイキ自身にとって、外からの評価よりも大きかったのは、自分の「実力で世の中を変えている」という感覚だった。
金は、あくまでその副産物だと思っていた。
もっとも、その金でちょっといい腕時計やカフェのサブスクを使い始めたのも事実だったが。
プロジェクトの中には、役員層との定例に同席させてもらえるものもあった。
経営戦略の骨子を一部任され、プレゼン資料のロジックが褒められた日には、帰りのエレベーターでひとり、拳を握りしめていた。
「よし、次はマネージャーだ」
昇進のペースも順調だった。
ダイキの同期は20名いたが、その中でも彼は間違いなく“上の方”にいた。

評価面談でも、上司からこう言われた。
「竹内は、“使える”。安心して任せられる。数字も、クライアントワークも、パートナー陣の印象も、全体的に高いレベルでまとまっている」
(やっぱり俺は間違ってなかったんだ)
理想と現実が噛み合っていた。周囲の評価も、やりがいも、収入も、すべてが高水準で揃っていた。
ただひとつ、「時間」だけを除いて――。
第2話へつづく