第3話:再起の地を探して

その朝、ダイキはプレゼン資料の修正を終え、ようやく席を立った。
時刻は午前3時過ぎ。椅子の背もたれに体を預けた瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。

「……あれ?」

立ち上がろうとしたその瞬間、膝が抜けるように力が入らなくなり、床へ、静かに崩れ落ちた。

遠ざかる天井の灯り。
誰かの足音と、自分の名前を呼ぶ声が、遠くに聞こえた気がした。

病院のベッドで目を覚ましたとき、ダイキは白い天井を見上げていた。
点滴の針が右腕に刺さっている。
その横で、母親が泣きそうな顔で彼を見つめていた。
「ダイキ……あんた、なんでここまで……」
言葉が出なかった。
喉はカラカラに乾き、頭は鈍く痛む。
体を動かす気力もなく、ただ、天井をぼんやりと見つめることしかできなかった。

数日後、医師からこう言われた。
「診断結果ですが、過労による脱水と栄養失調、それに加えて適応障害の疑いがあります」
仕事のストレスが、限界を超えていた。
不眠、倦怠感、食欲不振、強い不安感――
それはすべて、心が発するSOSだった。

「まずは3ヶ月間、しっかり休んでください。仕事のことは忘れて、とにかく身体と心を回復させましょう」

そう告げられても、ダイキはすぐには納得できなかった。
仕事を休むなんて。
プロジェクトはどうなる。
あの会議、あのレポート、あの進捗管理。
だが、体が先に限界を認めていた。
彼は観念して、休職を決意した。

休職の最初の1週間は、ほとんど寝ていた。
朝も昼も関係なく、何も食べず、ただ眠り続けた。
夢も見ないほど、深く。

2週目に入ると、ふと近所の公園に足を運ぶようになった。
ベンチに座り、ぼんやりと空を眺める。
カラスの鳴き声すら、新鮮だった。
やがて実家に戻り、母親の作った味噌汁をゆっくり噛みしめる時間が戻ってきた。
何も考えずに本を読んだ。
大学時代に好きだった司馬遼太郎や、池波正太郎の文庫本。
1ページ読むごとに、心の奥の硬さがゆっくりと溶けていくようだった。

休職から2ヶ月が過ぎた頃。
ダイキは1枚の白紙に線を引いた。左右にスペースを分け、タイトルを記した。
「ベイカーで得たもの」
「ベイカーで失ったもの」
得たものは、論理的思考、膨大な知識、一流との仕事、高収入、ブランド。
失ったものは、健康、睡眠、プライベート、自己肯定感、人生の幅。
見比べて、静かに息を吐いた。
(俺は……どこに行きたかったんだろう)

転職サイトで、ふと「教育」と検索してみた。
ヒットしたのは、いくつかの学習塾や予備校の求人情報。
大手ではない中小の塾が多く、年収は今の半分以下だった。
だが、「生徒の成長を支援する」「未来の担い手を育てる」という言葉に、なぜか胸がじんとした。

その夜、ダイキはベッドに寝転びながら、自分に問いかけた。
(教えるって……ロジックの伝達とは違うのか?)
(コンサルと違って、“人”と向き合うことが中心なんだろうか)

次第に、「講師」ではなく、「担任」や「コーチ」といった言葉が心に引っかかってきた。
それは、プロジェクトの成功を目指してチームを率いた日々と、どこかで似ていた。誰かの課題に向き合い、気持ちに寄り添い、次の一手を一緒に考える。それは、“教育版のコンサルティング”とも言える。

3ヶ月の休職期間が明ける前、ダイキは退職届を提出した。

もう、あの場所には戻らない。
華やかで刺激的だったが、あまりに高く、遠く、自分を削りすぎる場所だった。

これから向かうのは、まったく別の世界。
だが、決して後ろ向きではなかった。
自分の持っているスキルを、“人の未来”のために使う仕事。
それが、いまのダイキの再起の場所になると信じていた。

第4話へつづく