第4話:心機一転、職探し

午前11時。
ダイキは、珈琲がやけに美味しいと評判のカフェで、ノートPCを開いていた。

フリーWi-Fiと木目のカウンターにはベーグルサンドとアイスコーヒー。
会社員時代では考えられなかった、ゆったりとした午前中。

ログインしたのは、大手転職サイト「キャリアクロス」と「Next Career」。
希望業種に「教育」、勤務地に「都内」、そして給与条件は特に指定しなかった。

(まずは、現場の空気を知ることからだ)

検索結果には、さまざまな予備校・塾の求人が並ぶ。

某大手予備校の「国語講師募集」
地方チェーン塾の「教室長候補」
オンライン家庭教師サービスの「マネージャー枠」
医学部専門予備校の「進路指導担当」

(講師はちょっと違う。俺がやりたいのは“戦略”と“人のサポート”)

職務内容を読みながら、いくつかの企業をGoogleで調べ、採用ページ、企業理念、SNSの評判、そして校舎の外観までスクロールして確認していく。

そして、ある予備校の求人が目に止まった。

《医系専門予備校 メディカルデラックス》
——「担任職(コーディネーター)採用」
——「西新宿・高層ビル内の完全個別指導塾」
——「月給30万~+成果インセンティブあり」
——「主な顧客:医師家庭・経営者・政界関係者」
——「一人ひとりの未来を創る“教育のプロフェッショナル”募集」

(……これか)

クリックした瞬間、ダイキの脳裏に、丸の内のオフィスビル群が浮かんだ。
研ぎ澄まされた無機質の静けさ。インテリジェントビル。
高級スーツ、上質な名刺入れ、インターン時代に抱いていたあの「ビジネスの匂い」がした。

メディカルデラックスの公式HPを開く。
そこには、照明に反射するクリーム色の壁、ガラス張りの応接室、そして医師の親を持つ生徒たちの合格実績がずらりと並んでいた。

「合格者の声:学費は高かったけど、人生を変えてくれた」
「担当の担任が、最初から最後まで伴走してくれた」
「親身で、知的で、上品だった」

(なるほど、“上品な教育”か)

この時、ダイキの中には、二つの思いが交錯していた。
ひとつは、自分の経験が活かせるフィールドであるという手応え。
もうひとつは、前職と地続きの匂いがする安心感だった。

(富裕層の顧客を相手に、課題を整理し、学習プランを設計し、目標に導く)

そして気付いた。

(それって……コンサルと構造的には変わらない)

しかも、そこには「金が動いている」気配があった。

医学部受験は、親が本気だ。
数百万、いや、場合によっては年間2000万以上が動く世界。
だったら俺に任せてくれ。金と成果の重さには、耐性がある。

(どうせやるなら、スマートに。華やかに。成果主義でいい)

ダイキの中で、他の求人はすべて霞んでいった。

もちろん、この時のダイキはまだ知らなかった。
メディカルデラックスの“本当の現場”が、“高級感の裏に隠された泥と血と汗”で回っていることを。

医師家庭の親が夜中に電話をかけてくる。
メールの誤字ひとつでクレームになる。
志望校の偏差値ではなく「親の意向」がすべて。
一部の生徒は、担当者を“執事”のように扱う。

そんなことを知る由もないダイキの指は、自然と「応募する」ボタンを押していた。

「君のような人が、この業界に来てくれたら嬉しい」

そんな誰かの声が、まだ届いていないのに、耳の奥で響いた気がした。

第5話へつづく