梅雨が明けたばかりの渋谷。
湿気と熱気が混じり合う街を抜け、ダイキは雑居ビル街の中に足を踏み入れていた。
Googleマップを片手に探していたそのビルは、灰色でくすんだ外壁が印象的だった。
だが、エレベーターで最上階に上がったその先――
「……なんだこれ」
金色の真鍮プレート。
刻まれた文字は、《PHOENIX ROOM》。
横には大理石の鳳凰のオブジェ。
足元のカーペットには、英語でこう書かれていた。
“Rise Again with Infinite Power”
無限の力とともに、再び立ち上がれ。
(予備校って、こういうテンションだったっけ……?)
若干たじろぎつつも、ドアを押すと、そこはまるでクラブのVIPルームか、バブル時代のキャバレーのようだった。
深紅の絨毯、金の額縁、水槽の中には金色のアロワナ。
そしてその最奥――
白スーツに金のネックレス、サングラスをかけ、肌は日焼けサロンで焼いたかのようにギラギラしている男が、ゆったりとソファに腰を下ろしていた。
「やあ、君が竹内くんかね? ようこそ、鳳凰の間へ!」
その声の主は、鷺谷高志(さぎやたかし)。
東大受験専門予備校STXの総帥であり、教育業界でも異色中の異色と評される存在。
「いや〜、職歴、拝見したよ!ベイカー? 一橋? すごいねぇ!うちはね、そういう人材、大歓迎なんだよ〜!」
ノリは軽い。というか、軽すぎる。
だが、その軽さの下に、獣のような“計算”が見え隠れする。
「この業界って、基本は“地味”なんだけどね。うちみたいなとこは違う。なぜなら、教育って“ショー”だから!“演出”だから!金持ちの親御さんを納得させるには、結果と……演出だよ!」
(うわ、メディデラと真逆……)
そう思いながら、ダイキは静かにうなずいた。
「応募のきっかけを聞かせてくれるかな?」
「はい。場所が渋谷ということと、“エクスプレス”という名前に惹かれたのが最初の理由です。実は、メディカルデラックスさんと同じタイミングで応募させていただいていて……」
「ほう、メディデラ。あそこは“育ちの良さ”を売りにしてるからね〜。それに比べて、うちは“逆転合格”。ウチは“ドラマ”だから」
サギヤはにやりと笑い、壁のスイッチを押した。
突如、BGMとして流れ始めたのは、ベートーヴェン『運命』。
「いやね、今ちょっとムード出したくて。面接って“演出”だから!」
ダイキは、もはや笑うしかなかった。
そのとき、部屋の隅から、ペコペコと頭を下げながら現れた男がいた。
「ご紹介が遅れました。彼が、“ニッポリ先生”こと、日暮里研二(にっぽりけんじ)です。フェニックス講習・意識変容プログラムの監修をしてます!」
小柄で、頭が大きく、目がやたらとギョロギョロしている。
ずっとニヤニヤと笑っていて、まるでアニメキャラのような動き。
「ど、どうも、ニッポリですぅ〜。日々、“非言語コミュニケーション”を研究してますぅ〜」
「ニッポリはね、ちょっとスピリチュアル寄りだけど、実績はあるんだよ。フェニックス合宿では、ムー大陸の話とかもしてくれるしね!」
(もう、なにがなんだか……)
だが、この時点では、ダイキはまだ“このノリ”を観察して楽しむ余裕があった。
(ま、どこも人材不足だろうし……俺なら、役に立てるはずだ)
そう、思っていた――。
つづく