第8話からのつづき
部屋の奥、赤絨毯の上に、三者は三角形に座っていた。
プレジデント・サギヤ。
フェニックス講師・ニッポリ。
そして、異業種からやってきた転職希望者、竹内ダイキ。
重厚なBGMが流れ続ける中、サギヤはゴールドのペンをくるくる回しながら言った。
「いや〜、ダイキくん、君みたいな人材、なかなかいないよ。ベイカー出身?ロジック強い?でも教育に関心あり?これはレアだよ」
「ありがとうございます」
ダイキは、控えめに微笑みながら応じる。
「ウチの担任ってのはね、東大受験に命賭けてる子どもたちを相手にするわけだから、当然“数字”は必要。でもね、それだけじゃない。“演出”も大事。夢見せなきゃ。君ならそれ、できると思うんだよ。だって、君、立ってるだけで“成功してそう”だもん」
「はは……」
「なにより、君には“カネが動いてる現場のにおい”がある。ウチの客層は、見た目こそ庶民派だけど、金持ってるからね。親が医者、官僚、経営者、芸能事務所。期待値高いのよ。ウチの仕事はね、“教育”と“ビジネス”のハイブリッドなのよ」
そのとき、横でニッポリが、ピクリと動いた。
「……あの〜、ちょっといいですか?」
それまでニコニコしていたニッポリが、唐突に、やや低いトーンで口を開いた。
「なんか……すごく、整いすぎてませんか?タケウチさんって」
「え?」
「いや、悪い意味じゃないんです。むしろすごいです。でも、整ってる人って……生徒と波長合うのかなって。生徒って、ドロドロなんですよ。“親から否定され続けてきた子”とか、“自己肯定感ゼロの子”とか。そこに、論理と清潔さとスマートさで来られると……“遠い”んじゃないかって思うんです」
ダイキは、思わず黙った。
彼の中の“防御機能”が一瞬作動したからだ。
ちょっと違う、違和感…
たしかメディデラのエゾエさんも同じようなことを言っていたな。
だがそれは、メディデラのエゾエさんの時とは、また違う……。
サギヤが笑って空気を戻そうとする。
「いやいや、ポッコリ、いや失礼、ニッポリ。それ、逆にチャンスだよ。“遠くに見える大人”が、ある日ぽつりと生徒に言うわけ。『君は、別に親の期待に応える必要はない』って。それが効くのよ〜。“ギャップ”って大事!」
ニッポリは笑わない。
「……そうですかね。僕は、あまり“ギャップ”に救われた経験ないので……。むしろ、近くにいて、同じ目線でしゃべってくれた先生の方が、ありがたかったですけどね」
(……なるほど)
その瞬間、ダイキは悟った。
これは、“反対”だ。
そして、そこにあるのは、単なる教育観の違いではない。
もっと個人的な――「お前は、俺の居場所を奪うなよ」という怯えだ。
部屋に漂う、微妙な静けさ。
BGMだけが虚しく流れ、金のアロワナが水中を泳ぐ。
ダイキは、笑顔を浮かべながら、ゆっくりと深く頭を下げた。
「……お時間いただき、ありがとうございました。非常に面白い時間でした」
「え? あれ? もう帰るの?」
サギヤが慌てて口を開いた。
「いやいや、うちはぜひ採用したいと思ってたんだけどな! ニッポリくんのは、ちょっと嫉妬だから気にしないで。むしろ褒めてるんだよ、アレ!」
「いえ、お気持ちは本当に嬉しいです。でも、僕自身、まだこの業界のことを深く知らずに飛び込もうとしている段階です。今日のお話で、逆に、自分が“ここに立つには早い”と感じました」
そして、もう一度笑った。
「それに、きっとこの部屋には、僕よりもふさわしい“居心地のいい人物”がいる気がしたので」
サギヤは少し残念そうに眉を下げ、ニッポリは俯いて、口元だけで笑った。
部屋を出ると、先ほどの《PHOENIX ROOM》の真鍮プレートが目に入った。
Rise Again with Infinite Power
(いや、今は“立ち上がる”より、“踏みとどまる力”のほうが欲しいな)
ダイキはそう思いながら、渋谷の雑踏へと戻っていった。
第10話へつづく