西新宿の超高層ビル群を後にし、ダイキが次に向かったのは高田馬場。
見上げれば空がかすむような灰色の雑居ビルだった。
「……ここが関東学力増進機構、通称カンゾウ」
ビルのエントランスには「自習室は5階」「講師控室は6階」「営業部は7階」といった雑多な張り紙があり、建物全体が予備校業務に流用されているのがわかる。
一応受付のカウンターはあるが、メディカルデラックスやSTXとは違った簡素な造りのものだ。
ビルの管理人室のような一角に年配女性が座り、内線電話で「担任のカデノコウジがすぐ参りますので」とぶっきらぼうに伝えると、目の前のプリントを数え始めた。
メディカルデラックスやSTXとは、あまりにも違う。
しかしその空気には、なぜか“生きている感”があった。
貼られたポスターは手作りで、生徒の志望大学と得点が手書きで記されている。
「東京医科歯科大学にB判定!」
「東大文一、過去問得点率82%!」
文字は雑だが、妙に迫力がある。
「お待たせしました!」
軽く息を切らせながら現れたのは、眼鏡の似合うアラフォーの男性。
ジャケットの下はワイシャツが少し皺になっているが、清潔感がある。
「担任の勘解由小路(カデノコウジ)です。今日はわざわざお越しいただきありがとうございます」
「こちらこそ、よろしくお願いします。竹内大軌(たけうちだいき)です」
互いに軽く頭を下げると、カデノコウジはダイキを案内しながら階段を上がった。エレベーターは一応あるが、生徒や講師が頻繁に使うせいか、いつも混雑しているという。階段の壁には、生徒が書いた合格体験記が無数に貼られていた。
「うち、こう見えて東大・京大・医学部にもそこそこ合格出してるんですよ。設備は古くても、現場の熱量は負けてません」
「たしかに、生徒さんが多いですね……」
「ええ。今の時期は300人弱いますね。人手が足りなくて……正直、担任1人で100人近く担当することもあります」
カデノコウジは苦笑いを浮かべる。
やがて案内された6階の職員控室には、大学生と思しきチューターたちが自習室対応のシフトを確認していた。どの学生も、名札には「東大」「一橋」「慶應医学部」などの肩書きが並ぶ。
「うちの大学生チューターは、基本的に国立大生か医学部生がほとんどです。私大はせいぜい慶應か早稲田、それに上智クラスまでしか採用しない方針でして」
チューターたちは和気あいあいと談笑しながらも、どこか研ぎ澄まされた空気があった。
その中に、ダイキは思わず見入ってしまう。
──なんだろう、この感じ。
その時だった。
「おいおい〜、質問は一人ずつな〜、人気者で困っちゃうなあ〜!」
明らかに浮いた声が、廊下の奥から聞こえてくる。
見ると、女子高生たちに囲まれた中年男が、鼻の下を伸ばしながら歩いてきた。
ピチッとしたラガーシャツに、金のネックレス。片手にはコンビニ袋、もう片方の手は女子の一人の肩に回しかけていた。
「よっ、新入り君? バイト? よろしゅう頼むで!」
そう言いながら、ダイキをチラッと見ただけで奥の部屋へ消えていく。
まるで、いつものことのように。
「……あの方は?」
「うちの塾長です。いつもあんな感じなんですよ」
「社長……ですか……?」
「まぁ、はい。でも現場にはあまり口出さないんで、ある意味ラクです」
ダイキは目を見開いた。
(……あのラガーシャツで声のデカいオッサンが、トップ……?)
カルチャーショックだった。
だが同時に、なぜかこの雑多な空間が、心のどこかに響いていた。
「教育は地味で地道ですよ」
──エゾエの言葉が脳裏に浮かぶ。
まさか、こんな形でその意味が理解できるとは思っていなかった。
第11話へつづく