第12話:驚きのサプライズ面接

転職サイトからの紹介メールは、件名からして妙に熱かった。

件名:完全個別×究極集団=奇跡の合格!国立塾が貴方を求めています!

文面にはこう続いていた。

「ベイカー出身の貴方なら、カタカナ言語に精通しておられるはず。教育業界における“ハイブリッド・パラダイムシフト”を牽引してみませんか?」

(……なにそれ?)

正直、ダイキは半信半疑だった。

紹介された「国立塾」という予備校は、国立市にある個人塾で、パンフレットやHPにはカタカナと日本語が混在した謎の二重表現が氾濫していた。

「驚異的実力指導 × 完全充実指導 × 衝撃的受験ノウハウ」

「超絶合格講師陣が集積した叡智のプールで、無限の成績アップをゲット!」

「コンプリートされた受験必勝メソッドによって、オールマイティ万能指導を提供!」

読んでいて途中で“どこかのスパム広告か?”と目を疑ったが、なぜか転職サイトの担当者は猛プッシュしてきた。

「元コンサルの方にはピッタリです!用語の親和性が高いので、カルチャーフィット間違いなしです!」

(用語の親和性ってなんだ……)

そんな思いを胸に、ダイキはJR国立駅から徒歩7分、住宅街の中にひっそりとある3階建てのビルに足を踏み入れた。

教室に通されたダイキの前に現れたのは、細身で小柄な中年男性。
国立塾の代表、昼間淳一(ひるまじゅんいち)だった。

ネクタイの柄は“合格”の二文字が繰り返しプリントされたオリジナル。
胸ポケットからは“全勝”と金糸で縫い込まれた赤いハンカチがはみ出ている。

「いや〜、今日は来ていただいてありがとうございます。面接っていうのはですね、来ないと始まらないんですよね。来ていただいた、ということがまず第一歩なんです」

第一声から、早速の小泉進次郎構文。

「うちの教育っていうのは、“教育”なんですよね。つまり、“育てる”ということを、育てていく教育。これが大事なんです」

(……え?)

ダイキは笑顔を保ったまま、聞き流すしかなかった。

壁に貼られた“文字の暴力”

教室の壁一面には、パンフレットに書かれていたキャッチコピーがA1サイズで印刷され、額縁に入れて飾られていた。

「合格は目標じゃない、スタートラインの“スタート”です!」

「今日という今日は、明日のための今日です!」

「超リアルフィジカル対面指導で、成績をガチ上げ!」

さらには、スタッフのTシャツにも文言が。
背中:「国立塾は、国立大学に入るための塾です!」

(そりゃそうだろ)

説明は、情熱。
内容は、空洞。

正しいかもしれないが、情報量はゼロ。いわゆる同義反復(トートロジー)の言葉が多いことが気になる。

昼間は語る。

「我々はですね、“驚きのサプライズ効果”を重視しているんです。生徒が“えっ⁉︎”って思った時、脳が記憶を始めるんですね。だからサプライズが大事なんです。これ、脳科学的にも証明されていると思います」

「“完璧コンプリーティング授業”というのは、授業が完璧であることを、コンプリートすることなんです」

「大事なのは、“教えることを教える”という教えを、教えること」

もはやダイキの脳は処理を拒否し始めていた。

ヒルマの声が最高潮に達する。

「私たちはね、やりきります。つまり、やるということを、やりきるんです。これが、国立塾の“覚悟”なんです!」

(うわ、出た!)

“覚悟”という言葉で締めれば、なんとなく説得力が出ると思っている節がある。

でも――

“教育とは、覚悟です。”

と書かれた垂れ幕を見たとき、ダイキはこう思った。

(たしかに、覚悟は必要だろうけど……これは、覚悟じゃなくて誤解かもしれない)

「じゃあ、そろそろ中をご案内しますね」

ヒルマは、胸を張って教室のドアを開けた。

「ここが、完全対面オフライン指導ルームです!」

(つまり普通の教室……)

壁にはホワイトボード。机と椅子が10脚。

明るく清潔感はある。だが、生徒の気配はない。誰もいない。

「今はたまたま空き時間でね。でも、超集中タイムシフト授業制なので、生徒が来る時間はズレてるんですよ」

そう言って笑う昼間だが、机の上には埃がうっすら。どう見ても“ズレ”のレベルではなかった。

次に案内されたのは、教材棚。

「これが、我が塾の“全科目オールマイティ万能指導”の象徴、国立塾オリジナル教材シリーズです!」

背表紙には堂々と

『完全独自国立流・英語 Ultimate Edition』

『アルティメット数学 Perfect版』

『衝撃的現代文∞(インフィニティ)』

と書かれている。

しかし、手に取ってみると中身は某有名問題集のコピーに過ぎなかった。

「やっぱりね、“独自性”っていうのは、時に“引用”を超えていくんです」

(それ、ただのパクリでは……)

スタッフはいるのか?

「先生方はどちらに?」

とダイキが聞くと、

「今日は皆、リモート・リサーチ・デイでしてね。学外での研究日なんです。ウチの講師陣は、プロフェッショナル講師集団ですから!」

自信満々に言うが、教室はひっそり。

張り出された「合格者の声」掲示もどこか古く、名前も苗字しか書かれていない。

「国立塾に出会って、未来が変わった! Kくん」

「オールマイティな万能指導が最高! Sさん」

(……合格した大学が書いてない)

ようやく面接らしき場に戻ると、昼間が真顔になって尋ねた。

「ズバリ聞きます。あなたは、完全コンプリート型の合格戦略を、構築できますか?」

(何をどう答えれば正解なんだ……)

ダイキは一瞬迷ったが、こう答えた。

「……生徒一人ひとりに合わせたプランを立てるのは、可能だと思います。ただ、“完全コンプリート型”が何を指すのか、もう少しお聞きしても?」

ヒルマは大きく頷いた。

「いいですね! その“聞く姿勢”が、“成長姿勢”なんですよ! やっぱり、聞くって大事ですよね。聞くことで、人は聞くんです!」

(???)

ヒルマは立ち上がり、ダイキと握手を交わした。

「今日は非常にポジティブ・インパクトなディスカッションができたと思います」

「次回は、“驚きのサプライズ模擬授業”をお願いするかもしれません」

そう言いながら、彼はドアの前でキメ台詞を口にした。

「私たちが教えているのは、勉強ではありません。“合格を教える”、それが教育なんです!」

ビルを出たダイキは、しばしその場で立ち尽くしていた。

言葉は熱かった。勢いもあった。だが、実体は――。

「なんだろう、すごく、無風だったな……」

雑然としていたカンゾウとは真逆。
こざっぱり整いすぎて、空気が動いていない。

教室も教材もパンフレットも、まるで何かの“ショールーム”のようだった。
そう、まるで魂のないキャッチコピーだけの塾だった。

電車の中、彼は転職サイトの担当者にメールを書いた。

「国立塾さんですが、非常に完成度の高いシステムだと感じました。ただ、その完成度の高さゆえに、自分が入り込む余地が見えず、今回は見送らせていただければと思います。」

第13話へつづく