転職サイトからの紹介メールは、件名からして妙に熱かった。
件名:完全個別×究極集団=奇跡の合格!国立塾が貴方を求めています!
文面にはこう続いていた。
「ベイカー出身の貴方なら、カタカナ言語に精通しておられるはず。教育業界における“ハイブリッド・パラダイムシフト”を牽引してみませんか?」
(……なにそれ?)
正直、ダイキは半信半疑だった。
紹介された「国立塾」という予備校は、国立市にある個人塾で、パンフレットやHPにはカタカナと日本語が混在した謎の二重表現が氾濫していた。
「驚異的実力指導 × 完全充実指導 × 衝撃的受験ノウハウ」
「超絶合格講師陣が集積した叡智のプールで、無限の成績アップをゲット!」
「コンプリートされた受験必勝メソッドによって、オールマイティ万能指導を提供!」
読んでいて途中で“どこかのスパム広告か?”と目を疑ったが、なぜか転職サイトの担当者は猛プッシュしてきた。
「元コンサルの方にはピッタリです!用語の親和性が高いので、カルチャーフィット間違いなしです!」
(用語の親和性ってなんだ……)
そんな思いを胸に、ダイキはJR国立駅から徒歩7分、住宅街の中にひっそりとある3階建てのビルに足を踏み入れた。
教室に通されたダイキの前に現れたのは、細身で小柄な中年男性。
国立塾の代表、昼間淳一(ひるまじゅんいち)だった。
ネクタイの柄は“合格”の二文字が繰り返しプリントされたオリジナル。
胸ポケットからは“全勝”と金糸で縫い込まれた赤いハンカチがはみ出ている。
「いや〜、今日は来ていただいてありがとうございます。面接っていうのはですね、来ないと始まらないんですよね。来ていただいた、ということがまず第一歩なんです」
第一声から、早速の小泉進次郎構文。
「うちの教育っていうのは、“教育”なんですよね。つまり、“育てる”ということを、育てていく教育。これが大事なんです」
(……え?)
ダイキは笑顔を保ったまま、聞き流すしかなかった。
壁に貼られた“文字の暴力”
教室の壁一面には、パンフレットに書かれていたキャッチコピーがA1サイズで印刷され、額縁に入れて飾られていた。
「合格は目標じゃない、スタートラインの“スタート”です!」
「今日という今日は、明日のための今日です!」
「超リアルフィジカル対面指導で、成績をガチ上げ!」
さらには、スタッフのTシャツにも文言が。
背中:「国立塾は、国立大学に入るための塾です!」
(そりゃそうだろ)
説明は、情熱。
内容は、空洞。
正しいかもしれないが、情報量はゼロ。いわゆる同義反復(トートロジー)の言葉が多いことが気になる。
昼間は語る。
「我々はですね、“驚きのサプライズ効果”を重視しているんです。生徒が“えっ⁉︎”って思った時、脳が記憶を始めるんですね。だからサプライズが大事なんです。これ、脳科学的にも証明されていると思います」
「“完璧コンプリーティング授業”というのは、授業が完璧であることを、コンプリートすることなんです」
「大事なのは、“教えることを教える”という教えを、教えること」
もはやダイキの脳は処理を拒否し始めていた。
ヒルマの声が最高潮に達する。
「私たちはね、やりきります。つまり、やるということを、やりきるんです。これが、国立塾の“覚悟”なんです!」
(うわ、出た!)
“覚悟”という言葉で締めれば、なんとなく説得力が出ると思っている節がある。
でも――
“教育とは、覚悟です。”
と書かれた垂れ幕を見たとき、ダイキはこう思った。
(たしかに、覚悟は必要だろうけど……これは、覚悟じゃなくて誤解かもしれない)
「じゃあ、そろそろ中をご案内しますね」
ヒルマは、胸を張って教室のドアを開けた。
「ここが、完全対面オフライン指導ルームです!」
(つまり普通の教室……)
壁にはホワイトボード。机と椅子が10脚。
明るく清潔感はある。だが、生徒の気配はない。誰もいない。
「今はたまたま空き時間でね。でも、超集中タイムシフト授業制なので、生徒が来る時間はズレてるんですよ」
そう言って笑う昼間だが、机の上には埃がうっすら。どう見ても“ズレ”のレベルではなかった。
次に案内されたのは、教材棚。
「これが、我が塾の“全科目オールマイティ万能指導”の象徴、国立塾オリジナル教材シリーズです!」
背表紙には堂々と
『完全独自国立流・英語 Ultimate Edition』
『アルティメット数学 Perfect版』
『衝撃的現代文∞(インフィニティ)』
と書かれている。
しかし、手に取ってみると中身は某有名問題集のコピーに過ぎなかった。
「やっぱりね、“独自性”っていうのは、時に“引用”を超えていくんです」
(それ、ただのパクリでは……)
スタッフはいるのか?
「先生方はどちらに?」
とダイキが聞くと、
「今日は皆、リモート・リサーチ・デイでしてね。学外での研究日なんです。ウチの講師陣は、プロフェッショナル講師集団ですから!」
自信満々に言うが、教室はひっそり。
張り出された「合格者の声」掲示もどこか古く、名前も苗字しか書かれていない。
「国立塾に出会って、未来が変わった! Kくん」
「オールマイティな万能指導が最高! Sさん」
(……合格した大学が書いてない)
ようやく面接らしき場に戻ると、昼間が真顔になって尋ねた。
「ズバリ聞きます。あなたは、完全コンプリート型の合格戦略を、構築できますか?」
(何をどう答えれば正解なんだ……)
ダイキは一瞬迷ったが、こう答えた。
「……生徒一人ひとりに合わせたプランを立てるのは、可能だと思います。ただ、“完全コンプリート型”が何を指すのか、もう少しお聞きしても?」
ヒルマは大きく頷いた。
「いいですね! その“聞く姿勢”が、“成長姿勢”なんですよ! やっぱり、聞くって大事ですよね。聞くことで、人は聞くんです!」
(???)
ヒルマは立ち上がり、ダイキと握手を交わした。
「今日は非常にポジティブ・インパクトなディスカッションができたと思います」
「次回は、“驚きのサプライズ模擬授業”をお願いするかもしれません」
そう言いながら、彼はドアの前でキメ台詞を口にした。
「私たちが教えているのは、勉強ではありません。“合格を教える”、それが教育なんです!」
ビルを出たダイキは、しばしその場で立ち尽くしていた。
言葉は熱かった。勢いもあった。だが、実体は――。
「なんだろう、すごく、無風だったな……」
雑然としていたカンゾウとは真逆。
こざっぱり整いすぎて、空気が動いていない。
教室も教材もパンフレットも、まるで何かの“ショールーム”のようだった。
そう、まるで魂のないキャッチコピーだけの塾だった。
電車の中、彼は転職サイトの担当者にメールを書いた。
「国立塾さんですが、非常に完成度の高いシステムだと感じました。ただ、その完成度の高さゆえに、自分が入り込む余地が見えず、今回は見送らせていただければと思います。」
第13話へつづく