「この辺じゃ有名なんよ。ウルシベさんて」
その晩、集落の公民館で開かれた「農と教育をつなぐ地域フォーラム」に、マサトの付き添いで顔を出したダイキは、そこで思わぬ形で“塾”と再び出会うことになった。
漆黒の作務衣をまとい、少し前屈み気味の姿勢で舞台に上がった男。
白髪混じりの髪、深く刻まれた皺。
穏やかな語り口でありながらも、自然と場を制する声。
斑鳩塾・館長、ウルシベだった。
「我々がやっとるのは、教科書の中身を教えることやない。ほんなもんは、教科書読めば書いてある。せやけど、“人が人として生きる道”を教えるには、教科書だけや足らん。土に触れ、他人と食卓を囲み、古い柱の軋む音を聞きながら、寝て起きて、学ぶんや。うちの子らは、そないして育って、医者になる」
ウルシベの語り口は、どこか説法にも似ていた。だが、不思議と説教臭くはない。むしろ、土地に根ざした“現場の実感”がにじみ出ていて、ダイキは思わず前のめりになって聞いていた。
(なぜ、こうも言葉に熱があるのか?)
フォーラムのあと、マサトがさりげなく言った。
「おーい、ウルシベさん! ちょっと紹介したいやつおるんよ」
ウルシベはゆっくりと顔を上げ、ダイキと目が合った。鋭いのに、どこか温かい目だった。
「……東京から来たんやて? 都会疲れか?」
「まあ……少し、そんな感じかもしれません」
「ええやないか。ええ時期や。なんも焦ることあらへん。あんた、教育に興味あるんか?」
「はい。今、教育系の仕事を探してるところでして……いろんな塾を見てきました」
「なるほどな」
ウルシベは、顎に手をやってダイキを見つめたあと、小さく頷いた。
「ほな、一回、来てみるか。うちの塾に」
翌日、ダイキはマサトに軽トラで送られ、田園地帯の奥にある古民家風の建物――斑鳩塾を訪れた。
瓦屋根、縁側、竹林。いわゆる“進学塾”のイメージとは程遠い外観だったが、そこには静かな熱気があった。
「ここで生徒が生活してるんですか?」
「そう。寮っていうても、もともと地元の空き家や農家を借りてるからな。ばあちゃん家に泊まるような感覚で、他の地域から来た子らが学んでる。飯も、地域の農家が作って持ってきてくれる。ただ、医者の子らが多いからな。放っといても勝手に勉強する。逆に、心を整えることの方が大事なんや」
案内された座敷で、生徒たちが黙々と自習していた。
机は統一されておらず、ちゃぶ台に正座している生徒もいる。
エアコンの音もない。窓から差し込む光と、遠くのカラスの鳴き声だけが教室のBGMだった。
(これが……塾?)
今まで回ってきた予備校とはまったく違う空気だった。

ただ、同時にダイキは気づいた。
「システム」がない。
カリキュラムが見えない。進捗管理の仕組みもない。
自己管理できる子は問題ないが、そうでない子はどうなるのか?
ウルシベはそれを見抜いたように言った。
「そう、足らんのはな、システムや。うちはな、大学病院の医局ともパイプあるし、医師会や議員とも話ができる。せやけど、肝心の中身――教育の仕組みは、まだまだ試行錯誤や。せやから、あんたみたいなコンサルくずれの“頭でっかち”が、ちょっとくらい混じってくれたら、おもろいもんができるかもしれへん、て思たんや」
「……僕でいいんですか?」
「ええかどうかは、あとでわかる。せやけど、“ここで何か作りたい”って思たら、それが“答え”や」
その瞬間、ダイキの胸に、小さな火が灯った。
第14話へつづく