斑鳩の地に滞在して、二週間が経った。
最初は「農家民泊のお手伝い」のつもりだった。
だが気づけば、ダイキは連日のように斑鳩塾の敷地内をうろついては、現場観察メモを取り続けていた。
縁側、座敷、農家の縁故をたどった寮生活。
どれも味わい深く、地域に根ざした教育モデルとして理想に近いものがあった。
ただ――
「これは“理念”であって、“仕組み”じゃない」
ダイキはある晩、マサトと囲んだ鍋の前でぽつりと呟いた。
「やる気のある子は勝手に伸びる。でも、全体を底上げする“型”がない。言ってみれば、“感覚でまわしてる教育”だよ」
マサトは笑った。
「……さすが、ベイカー出身やな。コンサルは構造から見るんやな。難しそうだけど、まあ言いたいことは分かる」
その夜、ダイキはついに決意する。斑鳩塾のシステム改造に着手することを。
翌朝、塾長・ウルシベに直談判した。
「僕にやらせてください。“斑鳩塾・システム構築”」
ウルシベは、畑の草刈り機を止めて振り向いた。
「ええけど、カネ出さんぞ」
「予算ゼロでもできる範囲でやります。……あと、手伝ってくれる人はいます」
そう言って、ダイキは東京時代のベイカー人脈に連絡をとりはじめた。
まずは、進捗管理と自習計画のテンプレート化から着手した。
・Slackではなく、農家でも使えるような簡易グループLINE管理
・週ごとの“体調+集中力自己申告フォーム”
・Googleスプレッドシートで進度チェック → 塾生自身が可視化
「ICTに疎いスタッフでも扱えること。寮のWi-Fiが弱くても動くこと。そして、保護者にも伝わること」
一つ一つが、現実と制限の中で形になっていった。
次に取りかかったのは、“面談ノート”の導入だった。
「先生方の“言葉の力”は強い。でも、それを“記録”に残していない」
ウルシベはうなった。
「たしかにな。わしら、“口”でばっか教えとった」
「だからこそ、“言葉”を記録に残しましょう」
毎回の面談は簡易なチェックシートと共に、生徒に“先生の言葉”を書かせ、記録する。それを三ヶ月ごとに見直し、進化を測る。
「アーカイブが溜まれば、それが資産になります」
ウルシベが頷いた。
一ヶ月後、塾内には小さな“変化”が現れはじめていた。
・寮母が学習チェック表を眺めながら「今日はしんどそうやね」と声をかける
・塾生が過去の“面談ノート”を手帳に貼り、自分の“迷い”と“軌道修正”を言語化する
・教員が“進捗データ”を見ながら、チュートリアル形式で声かけを行う
「ほんまに、やってもうたな……お前さん」
ウルシベが笑った。
「この塾、“土と縁側と人情”だけでやってきた。けどな、お前の言う通りや。うちには“回す仕組み”が、確かに足らんかった。……よう見抜いたな」
さらに、ダイキは「卒業生データベース」の構築にも着手した。
「せっかく政界・医療界とコネクションあるんですから、こっちで整理しましょう」
・進学実績
・専門分野
・在籍医局と地域
・将来的な教育協力の可否
これらを整理して、“縁”を循環させる仕組みを整備した。
ウルシベがぽつりと漏らした。
「最初はな、“なんやこの外資の都会もん”思たけど……お前、見とるんやな。“目に見えへんもん”を」
そして言った。
「この塾の“中興の祖”は、お前や」
第16話へつづく