第11話:かつて「総長」と呼ばれたヒト

第10話からのつづき

東新宿、午後5時。

夕焼けに染まる細い路地を、ひとりの男が歩いていた。

島田タクミ──かつて“名誉総長”と呼ばれたその男は、今や肩書も居場所も失っていた。

シャツの襟は伸び、靴のかかとはすり減り、手にした紙袋の中にはスーツと、数枚の名刺だけ。

すべてが過去の遺物だった。

「あの頃は、よかったよな……」

つぶやく声に、返事はない。

日が暮れる頃。
歌舞伎町の外れ、古いビルの2階にあるスナック──「うたかた」の灯りが漏れていた。

カウンターの中に、あの女子大生・マオの姿はもうない。

聞けば、タクミがカンゾウを辞めたあと、地方の大学に編入したらしい。
今は別のアルバイトをしながら、心理学を学んでいるという噂だった。

「“あの人”に出会って、何かを学んだって言ってたわよ。……いい意味かどうかは知らないけどね」

元スタッフのそんな言葉が、なぜか耳に残る。

夜。

タクミは、新宿駅近くのマクドナルドで、ひとりアイスコーヒーを飲んでいた。

昔の教え子からLINEが来ることも、もうない。
彼のスマホには、未読の通知も、着信もなかった。

──かつて、100人以上の元教え子の名前が並んでいた連絡帳は、今や「更新のお知らせ」しか表示されない。

ふと、隣の席で、高校生たちが話しているのが耳に入った。

「さ、模試の復習やるかー」

「いや無理、俺、現代文ほんとにヤバい」

タクミは、思わず口を開いた。

「現代文か。いちばん必要なのは、因果関係の把握だぞ。語彙なんかじゃない。」

高校生たちが、一瞬だけ彼を見る。

「……誰っすか?」

「いや、ちょっと前まで予備校にいたもんでね」

その一言に、誰も反応しなかった。

タクミはコーヒーを飲み干し、そっと立ち上がる。

「かつて“先生”と呼ばれた人間なんて、そんなもんだ」

そして、その夜。

メディカルデラックスのビルの前には、再び報道陣が集まっていた。

──噂があったのだ。

「島田タクミ、今日あたり正式な会見を開くらしい」

だが、夜になっても、その姿は現れなかった。

報道陣が三々五々、帰っていく中──
一枚の紙が、風に舞って貼り紙の前に落ちた。

そこには、こう書かれていた。

「本日も、おでんです。」

筆跡は、丸く、そして、どこか切なかった。

第12話(最終話)へつづく